不思議の国より不思議な国のアリス 
第2章  兎穴に墜落 Down the Rabit-Hole

Down, down, down アリスは兎穴を下へ下へと落ちていきます。

落ちながら、色々なことを考えるのですが、最初に、本に書いてない自問自答から始めましょう。

「落ちる。落ちる。なぜ今、私は落ちているのかしら?」
「兎穴に落ちたんだわ」
「どうしてからしら?」
「白兎を見たんだわ。その兎、ポケットから時計を出して、大変だ!大変だ!遅刻しそうだ!と言っているのを聞いて、もう、好奇心の塊になって、ついつい、跡を追ってしまったの」
「なぜ、あの兎に気づいたのかしら」
「私、退屈してたのね。何もすることがなかったから。お姉さんは絵のない本を読んでいるし、ヒナギクの花環でも作ろうかと思ったんだけど、暑いし、眠いし、立つのが、おっくだったところに、あの兎が現れたんだわ」

アリスにこの好奇心がなければ、アリスの物語は始まらず、発展しなかったでしょう。アリスは行く先々で好奇心を発揮します。ガードナーさんの孫引きですが、キャロルは「舞台のアリス」という文で、アリスの性格を、犬のように可愛く、小鹿のようにやさしく、そして、好奇心が強いことを挙げています。wildly curiousと表現しています。

私は、アリスの物語は最初の数ページで大きな問題を提起していると思っています。

キーワードは
@何もすることがなかった。 having nothing to do 
A退屈していた。get tired of, 
B好奇心の塊になって burning with curiosity 
C時計、遅刻、時間 time

  それは、大げさに言えば人間のプロセスを示します。例えば誰でも知っているアダムとイヴの話も@ABの後、禁断の好みを食べ、エデンの東に追放されます。Cは変化するために必要な要素なのですが、後で触れます。

  アリスは何もする必要のない存在です。その時は勉強もお手伝いも何もしなくて良かったのです。兎に目がとまり、好奇心が動きます。この不思議な心の働きをもう少しクローズアップさせて見ますと、あらゆる所に、好奇心の働きを見ることができます。小さな子供を見ても好奇心の塊のようですし、身近では小猫も小犬みなそうです。

  もともとこの好奇心は神様そのもの性質であるものを我々が引き継いでいるのだと思うのですが、人間が色々な食べ物を口に入れた昔から、最近では髪の毛を染めること、顔のどこかに孔をあけ、リングを通すことに至まで、好奇心の所為ですし、大海原に漕ぎ出し、大航海時代をもたらしたのも、宇宙に衛星を打ち上げたのも、進化、進歩、もちろん悪い変化もありますが、この好奇心が引き金となっているのです。

  先ほどの、アダムとイヴのように、好奇心が発端で、物事の変化が始まるのですが、その前に、退屈という状態があり、何かきっかけがあり、それで好奇心の発動があります。好奇心のきっかけは「誘惑」「禁止」とか「見え隠れするもの」です。特に「禁止」は、強烈で、何も言われなければ気にならないものを、「これだけは食べるな」「この戸だけは開けるな」「この箱だけは開けるな」のように禁止がかかると、見たいという好奇心がむらむらと起きます。ポルノ禁止も同じです。実は、禁止とは、逆に好奇心をそそって、行動を促すことかもしれません。神話や昔話では禁止の箱や扉を開けてしまうことによって大きく展開するのですが、禁断の木の実も食べることもパンドラの箱を開けることも、一見、物語は悪い方向に向かいます。猫でさえ好奇心で身を滅ぼす(Curiosity killed the cat.)ですから、猫より好奇心の強い人間はどうなるのでしょうか?
  これほど好奇心は重大なものにもかかわらず好奇心学 Curiosologyというのがないのは不思議ですね。

 アリスの場合、この「禁止」には当たりません。「見え隠れするもの」に惹かれたのかもしれません。白兎は見え隠れするようにアリスを導きます。

  好奇心によって冒険が始まるのですが、その前に、どうしても「時間」に気づく必要があるのです。アリスの物語では、白兎が持った時計がそれです。時間が流れないと冒険ができないのです。

皆さんは、いつ「時間」を意識されたでしょうか?

私が時間を意識した最初のは、父が動物園に連れて行ってやろうという日に、父が急用で外出し、その帰りを今か今かと首を長くして、待っていた時間だったように思います。その前後に、こんなことがありました。父が望遠鏡を作ってくれたのです。レンズ以外は手製で、筒はホール紙で、空色のラッカーを塗ってくれました。長さは50センチぐらいで、吊り紐も付けてくれました。嬉しくて寝る時には枕もとに置き、明日は探険に出かけるのだと思いながら寝て、翌日、実際に探険に出かけました。望遠鏡を肩から吊るし、意気揚々と。おそらく近所を一回りしたぐらいではなかったかと思いますが、その高揚した気持ちは今も忘れません。4歳か5歳の時のことです。

  アリスの冒険にも時間が必要なのです。

  アリスが夢を見るなんて一言も書いてありません。面白いのは、思いもかけず穴に落ち、なんの目的ない冒険が始まろうとしています。桃太郎と違う所です。



Down, down, downと落ちていきます。 落ちながら、壁の地図や絵を見たり、オレンジ・マーマレードの壜を取ったりしますが、たっぷり時間があるので、色々自分で考えます。原文では thought Alice to herselfとなっています。 これから盛んに出てくるアリスの独り言、said Alice to herselfの始まりなんですよ。

皆さんも落ちた経験がおありでしょ。私も試験に落ちたり、恋に落ちたり、馬から落ちたり、色々しました。雪山で谷底めがけて落ちたことがあります。どうなったかって? 命が助かって、こうして書いています。アリスも落ちることによって、自信をつけています。落ちたことのない人間は可愛そうですね。落ちる味を知らない。 アリスの物語には落ちる専門家が出てきます。ハンプティ・ダンプティと白のナイトです。後ほどその話をしましょう。(*40a白のナイトの落馬術)

なにしろ、アリスが地球の反対側に出てしまうと思ったほどですから、アリスの落ちた深い穴だったのでしょう。

この穴は、いわば、アリスが不思議の国に入るために通らなければならない入口だったのです。穴やトンネルが異界への入口となるケースが多いですね。「おむすびころりん」とか、大木のほこらへ入る昔話や、桃源郷の入口もトンネルでした。キュープラー・ロスの本を読んでいますと、天国へ行くときも,トンネルを通ることが多いようです。生れる時も死ぬ時もトンネルを通るのですね。

最近では「千と千尋の神隠し」(*2a)もトンネルからスタートです。アリスと違って、千尋はもう10歳になっていましたので、トンネルに入るのは気が進まなかったのですが、両親がどんどん入って行くものですから、付いて行ったのです。後は、両親がすぐ豚になってしまいます。大きな親豚ですから、アリスの時のように可愛い子豚と違います。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」と川端康成は上手くトンネル効果を使っていますが、異郷、異境への入口がトンネルなんです。

このよう重要な穴についてもっと関心が寄せあれてもいいのかも知れません。この分野の研究を穴学、analogyではちょっと紛らわしいので、tunnelogyと名づけて、後の話題に残しておきましょう。

Down down  down

アリスは夢を見始めます。飼い猫なダイナと一緒に歩いているのです。夢の中の夢と入れ子になっています。そんな話をしていると切りがありませんから、とにかくアリスを穴の底に着けましょう。
  *** かすり傷一つせず、着きました。例の白兎が「大変だ。遅れてしまったぞ!」大急ぎで姿を消します。周りはたくさん扉があるのですが、皆、鍵がかかっていて開きません。ガラスのテーブルの上をふと見ると小さな金の鍵が置いてあるのを発見して、試してみるのですが、どの扉にも合いません。ところが、これまで気付かなかったカーテンあるので、それをめくるとそこに小さな扉があり、開けてみると向こうに素晴らしい庭園が見えます。でもアリスの体では通れません。テーブルを見ると、前にはなかったはずの瓶があってDRINK MEという札の付いています。

これまで、気付かなかったものが出現するのはアリスの物語の特徴です。私の年になるとさっきまであったものがよく消えますが、これもアリス現象の一つです。

アリスは瓶を前に、慎重に検討した結果、「毒薬」と書いてないので、思い切って飲みます。 ここで、やっと、D慎重さ、E勇気というアリスの冒険に必要な要素が揃いました。 @退屈から始まりE勇気まで、長い道のりでしたが、原文では7ページほどです。

私はこの物語がアリスの冒険adventuresの物語であり、それに立ち向かうアリスに最も共感を覚える一人です。私はアリスの好奇心、慎重さ、勇気が好きで、サイト名もAlice In Tokyo としたほどですし、キャロルもはっきりとアリスの冒険というタイトルをつけているにもかかわらず、どういう訳か冒険は無視されます。(*42cタイトルの運命)

それはさて置き・・・瓶の中身を飲んだアリスはどうなったと思いますか?

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となるのです。*印をアスタリスクと言いますので、私はこれをアスタリスク過程と呼んでいますが、これについては、ここをご覧ください。その過程を経て、皆さんご存知のように、アリスは望遠鏡のように縮みます。

 「なんて、へんてこなcurious気分かしら!」と叫びます。


ちょっと先に進み過ぎました。アリスの飲んだものがどんな味だったか、精しく書いてあるのを飛ばすのは惜しいですね。

その味は:さくらんぼ入りパイ、カスタード、七面鳥の蒸し焼き、toffy(砂糖とバターで作った固いお菓子) バターつきトーストをミックスした味だったと書いてありますが、これは本物のアリスの好物を並べたのでしょう。私ならどんな味が良いかと考えてみました。飲み物に限って言えば、久保田・碧壽、八海山、越しの寒梅、菊正・樽,加茂鶴、立山、幻の滝、土佐鶴、玉の光、神亀、〆張鶴、、美少年、酔鯨、七笑・・・いちいち銘柄を書くと、下戸の読者には煩わしいと思いますので、一括して、美味しい清酒、ワイン、、ウイスキィー、ビール、シェリー、マオタイ酒、泡盛、ジン、ウオッカ、ウニクム、日本茶、中国茶、コーヒー、・・・いずれも極上のもの、なければ上等のもの。それに美味しい山の水。全部またはそのいずれかということになるでしょうか。どうしても一つだけといわれれば美味しい山の水となるかもしれません。

少し前もことですが、渋谷で、背中に「自分を使ってください」というゼッケンをつけて歩いていた青年に出会った時、このDRINK MEを思い出しました。

体がどんどん小さくなり、やがて消えてしまうのではないかと思ったりします。体が消えた後のアリスはどうなるか知りたいところですが、その手前で止まります。そして、例の花園に通じる小さな扉の所に行くのですが、肝心の鍵をテーブルに置いてきたのです。とにかく、先ほどから不如意続きで、これがアリスの物語の1つの特徴です。そして、アリスは泣き出しますが、もう一人のアリスがそれを叱ります。一人芝居、一人二役、あるいは「ごっこ」がアリスの好きなことなのです。これもアリスの物語全編に通じて起きることで、このあたりは素晴らし文章なので原文を味わってください。

今度は「食べて!EAT ME」と書いてあるお菓子を見つけて、これも食べはじめますが、変化が起きないのです。大きくもならないし、小さくもならない。そうなると今度はつまらないと思うようになるのです。人間の心理をついていますね。そして、ケーキを全部食べてしまいます。

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となりますが、大抵の翻訳本はこれを無視しています。

この最初の第一章ではこれ以外にも面白いことが多く、アリスの物語の主な特徴がほとんど出てきます。 

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