不思議の国より不思議な国のアリス
*42a     *印の書誌学と翻訳論

アリス書誌学

「不思議の国のアリス」では第1章の終わりは普通、

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という形で終わっています。この印は、その少し前で一箇所、「アリスの物語」全体では箇所あります。(The Annoted Aliceの場合) 手元にある20数冊の英、独、日のアリス本を見てみましたら、驚くべきバラツキがあることを知りました。*印の数は最高18個から0まで。☆や――やらハート印もあります。例えば、ドイツの文庫版Reclamでは英文版では*印は11個、ドイツ語版では14個です。同じドイツでもDRESSLER版では0個です。日本のものも当然ばらついています。1つの本の中で、箇所によって異なるものと一定しているものがあります。では、オリジナルではどうか、日本有数なキャロルのコレクターである木下信一さんにお尋ねしましたところ、色々と調べてくださいました。結果は木下さんのHPQ&A掲示版にありますので、是非ご覧ください。

  この*印はアリスの体や周りが大きく変容を遂げる過程そのものを表しておりますので、アリス心理学、アリス哲学、アリス図像学、14×3=42、・・・から研究の余地が有り、思いもかけないキャロルのメッセージが込められているかも知れません。

  これはさて置き、私の今提案したいのは、アリス文献学への提言ですが、アリス本の分類基準や識別標識として、この星がどうなっているかを採用してはどうかということです。

  14印本、11印本、9印本、3印本、1印本、無印本 星本、ハート本といった具合です。採用されてはどうかということです。楠本君恵先生の『翻訳の国の「アリス」』ではアリスは137の言語、日本では完訳、抄訳併せて102あるとされていますが、言語に無関係に分類できると思います。誰か一度この基準で分類してみるのも面白いかもしれません。アリスくらいの子をアルバイトにやっとってでも出来る仕事だと思うのですが、夏休みの宿題にすればタダでやってくれるかもしれません。ご専門家の検討に委ねます。


  アリス翻訳論

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これをあなたならどう翻訳しますか?

  @意味不明であるから、無視する。

  A仕り模様と理解し、適当に扱う。

  B文字でないから翻訳しない。

  C自分のフィーリンクに合わせて、時には他の記号に直す。

D翻訳不能の部分として、そのまま残す。

  Eこれ以外に表現し得ない表現なので、そのままにする。

  他にも、色々態度があると思うのですが、この*印が、先ず、テキストの中身であることを認識しないのは論外だと思います。記号だから訳さないというのも暴論です。

「?」「!」でも会話成り立ちます。記号だからといって無視できません。前衛詩人が

?????

      ????

       ??

        

        

と書けば、訳者は?や!をそのままにして訳すでしょう。*(アスタリスク)も由緒正しい記号です。どんな小さな印刷所でも活字があります。もう最近は活字を使いませんが・・・まして、先に述べたように、アリスの体や周りが大きく変容を遂げる過程(*過程)そのものを表わす重大な箇所ですから、翻訳に慎重を期したいところです。シェイクスピアでは文中に「―」(ダッシュ)があるかどうかで、議論がなされます。10以上もの*が、あるか、ないかとなればもう大騒動です。

 自筆本Alice’s Adventures under Groundでは*は5から6個で、「不思議の国のアリス」では星の数が倍増しているのですから、*過程はキャロルの気持ちの中で、更に重要性を増したと言うべきだと思います。ちなみに、*過程に無縁な幼児用のThe Nursery Alice にはキャロルは*を入れていません。
  ですから、キャロルを愛する翻訳家の取る態度はDかEとなるはずです。

  この点*から、あなたのお持ちの翻訳本をご覧ください。日本の翻訳家の大半は失格です。翻訳家の先生はおそらく英語の達人でしょう。私にはそれを評価する力ありません。*以外の所はきっと上手く訳されているのでしょう。しかし、アリスの翻訳者としては問題なしとしません。テキストを無視、曲解しているのですから。くどくなりますが、*過程がどこに現れるか挙げておきます。
  

 *過程1 AW1 DRINK MEを飲んだ後
 *過程2 AW2 EAT ME を食べた後
 *過程3 AW5 縮んだ体で、左手に持っていたきのこを何とか呑み込んだ後
 *過程4 TL3 汽車が空中に飛び上がったので、恐怖に駆られて近くのものを掴んだら、それが山羊の髭った。その時。
 *過程5 TL5 白のクイーンを追って小川を津ビ越えた後 
 *過程6 TL5 羊のお店で小川や木が生えているのに気づいた後
 *過程7 TL7 ライオンと一角獣の喧嘩のところで、大音響に戦き、小川を飛び越える所
 *過程8 TL8  最後の小川を飛び越す所

 主語を書きませんでしたが、全部わが主人公アリスです。その直後、大きな変化があることはアリス・ファンならわかるはずです。その重要な所を、豊かな文才をもつキャロルが全智を絞って考えた挙句に選択した表現

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を軽く扱われるとキャロルは残念でしょうね。

この箇所をアスタリスク過程(Asterisk process)と呼ぶことにして、専門家の研究に委ねます。 

【追記1】
私の手持ちの基本文献  Martin Gardner The Annoted Aliceでは、
1970 PENGUIN BOOKS        *印  5+4+5
2001  PENGUIN BOOKS    *印  4+3+4 (The Definitive Edition)

【追記2】A Norton Critical EditionのD.J.Grayの注

アスタリスクは予期せぬ変化(それは不思議な国での奇妙な順番で出てくる体験の特徴である)を強調するものとしておかれた。



【附: 二本線問題 】

上にリンクした木下信一さんのQ&A掲示版に書いたあることですが、ちょっと要約しておきます。

『不思議の国』は、Macmillanが出した初版(2版)復刻で調べました。(中略)
アリスが家へ戻り、お姉さんが残るところの区切りは二本線でした。
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こんな感じです。
ただし、この二本線は、米初版復刻とMacmillan2版復刻にはあるのですが、6版、7版、9版、9版後刷りには認められません。アリスが家に戻ったところで大きく行を開けて改ページ、ページをめくって二本線、何行か改行した後お姉さんの段落になるのですが、これだけスペースを空けている以上、わざわざ改ページした上に区切り線を入れるまでもないと考えたのかも知れません。
(中略)
手書き本では、(中略)アリスが戻って、お姉さんが残る前:二本線となっています。(中略)また、お姉さんのくだりの前に二本線を入れるのは、手書きからあったということは、この線が印刷ミスという可能性はない、ということのようですね。

手書き本の二本線は正確に言うと、上が太く、下が細いです。私の手持ちの本では、Reclamの独訳本が唯一太さの同じ二本線である以外はすべて、無視か*などに置き換えられていました。
理由究明は書誌学の仕事です。

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