不思議の国より不思議な国のアリス     
8.1 白ウサギの正体(その1)  ―今なん時だ?− White Rabbit Who?

足音は、ネズミではなく、白ウサギでした。手袋と扇子を落としたのに気付いて、探しに戻って来たのです。この白ウサギは一体何者でしょうか?

そもそも、物語の発端は、アリスがこの白ウサギに気づくことから始まったのです。それも、普通のウサギなら、いつもそのあたりで見ていて、アリスも驚かないのですが、白ウサギが「ああ、大変だ!遅刻してしまいそう」と言って、チョッキのポケットから時計を取り出して、時間を確認して、大慌てで行ってしまったものですから、アリスの好奇心を強く刺激します。チョッキのポケットから時計を取り出す(原文はイタリックスで表示されている)ウサギなんて見たことないと思った途端、もう夢中で、ウサギを追うことになります。

私もこれからしばらく、この白ウサギを追いますが、先ず、手始めに、ウサギが懐中時計を見たとき懐中時計は何時何分を指しいたのでしょうか?大抵の本は、第一章の始めに、ウサギが懐中時計を見ている絵があるはずですが、テニエルの挿絵(は、キャロルがチェックしていますから、これが最も権威があるはずです。版によって異なるかもしれませんが、私の手持ちのものを一つ挙げて置きます。(右下図) 時計は6時7,8分前かと思われます。この絵に相当するものはキャロルの自筆本にはありません。「子ども部屋のアリス」にはあります。2時5分前くらいかと思われます。(図1)

「デズニーのアニメーションを絵本化したものが手元に4冊ありますので掲げて置きます。(図2)

「大変だ!大変だ!遅刻しそうだ」と言う台詞があるにもかかわらず、挿絵画家*は時間におおらかなのでしょうか?

皆さんの本は何時を指していますか?中には時計の針のないのもありますよ。

後で、三月兎や帽子屋のお茶会があり、そこでも時計が出てきますがこれは参考になりません。普通の人は物語の最後を思いやるに違いありません。即ち、アリスが目覚めて、お姉さんに、体験した冒険の話をすっかりした後で、お姉さんはアリスに「奇妙な夢だったわね、全く。でも、走ってお茶に行かないと遅れるわよ」と言われていますから、時計はお茶の時間が終る以前でなければならないと思うでしょう。では、お茶の時間**とは何時でしょうか?

安井泉先生の著書〔筑波大学 東西言語文化の類型論特別プロジェクト研究成果報告書 別冊「ことばからみる英国文化論」(2002年)〕によると、アフターヌーン・ティーは4時から5時、ハイ・ティーは6時から8時とあります。このお茶をアフターヌーン・ティーの時刻は5時頃となります。また小さな子どものお茶の時間は大人と異なっていると思われるので、それを加味する必要があるかもしれません。

これではテニエルの「不思議の国のアリス」の挿絵とは合いませんね。「子ども部屋のアリス」の方の挿絵の方が無理がなさそうですが、あるひはお茶はハイ・ティーを指しているのかもしれません。どれなら、白兎が懐中時計を見たときは6時7,8分前でもおかしくないわけです。

ウサギが遅れるのは一向に構わないのですが、この時間は「不思議の国のアリス」のスタートの時間を示しているのですから私は少しこだわるのです。終わりはアリスのお茶に時間の下限が何時だったかによります。

世界の名作の舞台が何時に始まり、何時に終るか?という問題については、もう、アリス学では解明済みなのかもしれません。ご存知の方はお教えください。

この時計と同時に白ウサギの服装についても、注目しておきたいと思います。

最初の服装は中産階級の男性の昼間の服装で、時計も当時のステイタス・シンボルとしての装飾であったようです。2度目はアリスが大きくなって泣いているとことに現れますが、このときは正装で、キッドの手袋と扇子を持っていますが、アリスに声をかけられて、驚いて、手袋と扇子を落として、逃げていきます。挿絵では後姿しか見えません。今回は3度目で、落とした手袋を探しに来たというわけです。

坂井妙子著「ふしぎの国のモード」(勁草書房2002年)はイギリスの児童書に出てくる着衣の動物達のモードの歴史を追った、大変面白い本です。物語の中で動物が衣服をつける問題は、一冊の本では到底論じ尽くせぬ深いものがあるようですが、その中で、この白ウサギは大変重要な位置を占めとして、1章を割いて書いてあります。ご興味のある方はそれをご覧ください。

ステイタス・シンボルとしての懐中時計は、日本でもある時期までは同様でした。よく成績優等者に褒賞として金時計が与えられましたから、金時計組といえば、学業抜群の者を指していました。私は成績抜群ではありませんが、会社を定年退職する時に、金側の懐中時計を戴きました。まだ、一度も使ったことはありませんが、、ヴィクトリア朝からの価値観を引き継いでいる、百数十年の歴史を誇る会社に勤めたのは、ある意味で幸せだったのかも知れません。

これから、白ウサギの出自や性格などを見ていきますが、白ウサギの見た時刻の問題に一応の決着をつけておきたいと思います。

私は、アリスのお茶の時間の下限を5時とし、アリスが寝ていた時間をを1時間***として、白ウサギが時計を見たのは、4時7,8分前とします。つまり、私は、白ウサギは時計を意識的の2時間進めていたのではないかと思います。いつも「遅れそうだ」という強迫観念に取り付かれているウサギのことですから、十分あり得ることだと思います。私の先輩のMさんは時計をいつも30分進めて時間をセットしています。知らない人が、Mさんの腕時計を覗くと、もうこんな時間かと驚きます。若い頃、恋人との待ち合わせに30分遅れたことがあって以来、そうしているとのことですから、50年以上、Mさんは、30分進んだ腕時計をしておられることになります。一生、Mさんの時計は本当の時刻を指すことはないでしょう。
白ウサギについてはあくまで推測なので、他の確かな証拠が出てくれば喜んで撤回します。

これから、三月兎、帽子屋をはじめ独自の時間を持つキャラクターが現れますが、私は、それぞれ自分の時を刻む時計があっていいのではないかと思っています。そのことは何れまた取り上げる積りです。

「では、お前の時計はどんな時計なんだ?」とお聞きですか?
「確か、30年程進めた時計を持っているはずなんですが、そう言われれば、この1年、腕時計を着けていないなあ!」

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白ウサギの取り出した時計に鎖はアルバートということを木場田由利子さんから教えていただきました。キャロルとアルバート公との関係を含めて、
木場田さんのHPに精しく出ていますので、ご覧ください。( 03・7・17追記)

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*外国挿絵画家の白兎の時計の時刻(03・9・7追記)
 Helen Oxenbury (Walker Books 1999)              16:00
  Anthony Browne(Julia MacRAE Books 1966)   16:00
 Lisbeth Zwerger (North South Books 1999)     15:00
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**お茶の時間
帽子屋の時計がいつも6時で、これがお茶の時間であること(7章)について、ガードナーは次のような注をつけています。
「これはfive o'clock teaが英国での一般的な習慣になる以前に書かれたものである。これはリデル家では子供の夕食時、(即ち)6時によくお茶の時間があったという事実に関連付けようという意図がある」
とあります。とするとアリスのお茶は6時ではなく(6時はアリスの夕食の時間)、テニエルの挿絵の白ウサギの時計が6時少し前を指しているのはますます謎ということになります。(03・10・13追記)
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***アリスが寝ていた時間
1864年6月10日Tom Yaylor宛のキャロルの手紙に
「・・・ヒロインは地下で一時間過ごします。・・・」とあります。(2004・1・8追記)
        

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