不思議の国より不思議な国のアリス   
長いお話 Long tale

「あなた、私の話を聴いていないわね!何考えているの?」とネズミはきつい口調でアリスに言います。「ごめんなさい。5番目の角へ来たところだと思うんですけど・・・」おずおずとアリス。「そんなことはありません」(I had not)とネズミはきっぱりと、しかも大変怒って言います。アリスはnotをknot(結び目)と取り違え、結び目解くのを手伝いましょう、と言ってしまいます。ネズミは駄洒落を言われたと思い、「そんなノンセンスを言って、私をバカにしている!」と言って立ち去ります。


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コーサス・レースの後、ネズミが猫や犬を嫌うようになったかの身の上話を聴いていたのです。さっきのウイリアム征服王の話のように、だらだらと長かったのでしょう。アリスは退屈し始めていました。長いお話(long tale)は長い尾(long tail)ように思えたのです。絵にすると左のようになります。とっさにアリスが5番目に角と言ったのは、シッポの曲がり角を指しています。

このネズミは絶えず聴衆を意識しています。さっきの無味乾燥の話をした時もそうでした。話の途中で、オウムが咳払いしたのをとがめ立てしています。今度もアリスが上の空でいることがわかったのです。このネズミはアリス達の家庭教師のミス・プリケットを表しているととされていますが、あなたも先生をしてみると生徒がどれだけ注意を払っているか良くわかりますよ。キャロルも先生ですが、ミス・プリケットといわば同業なのです。余談になりますが、キャロルがアリスたち姉妹と散歩する時には、大抵、ミス・プリケットも同行していたのですから、彼らの生活の中では大きなウエイトを占めていたものと思われます。有能な家庭教師のようで、キャロルがアリスたちに近づいたのは、実は、ミス・プリケットにあるのではと思われたとか・・・

それはさて置き、もうひとつ注意したいのは、アリスが駄洒落で急場をしのごうと受け取られたことです。アリスの誤解から生じたものですが、これはまじめで小心なネズミには通用しません。そして、駄洒落が人を傷つけるという現象をやがて、アリスはわが身で体験することになります。

ネズミの身の上話に戻りましょう。アリスが頭の中で描いたネズミの尻尾の形は版によって異なりますので、いろんな方が研究しておられますが、取敢えずは木下信一さんのHPをご覧になるのが手っ取り早いと思います。本では、稲木昭子・沖田知子著「アリスの英語」研究社1991年が5ページを割いて解説しています。* 形の研究は進んでいるので、私は尻尾の中身を読んででみたいと思います。この尾話はつまり下記のようなお話だったのです。

各行の最後の単語を強く発音して読んでみてください。拙訳も付けおきます。

"Fury said to a mouse,     
That he met in the house,   
`Let us both go to law:    
will prosecute you.         

Come, I'll take no denial;   
We must have a trial;     
For really this morning   
I've nothing to do.'               

Said the mouse to the cur,   
`Such a trial, dear Sir,    
 With no jury or judge,     
would be wasting our breath.'   

`I'll be judge, I'll be jury,'   
Said cunning old Fury:      
`I'll try the whole cause,    
and condemn you to death           

家で出会った小ネズミに
猛犬フュリー言いました。
「署まで一緒にきてもらお。
お前をこれから告訴する。

つべこべ言わずについて来い。
これから裁判せにゃならぬ。

今朝は心底退屈で
することなくて困ってる」

小ネズミ、野犬に言いました。
「旦那、そんなのありません。
陪審、判事もいなけば

裁判やっても無駄なこと」

「俺が判事で、陪審だ」
ひねたフュリー言いました。
「審理は全部、俺がやる。

死刑宣告、くれてやる」

これは話の一部だと思います。ネズミ一族が猫や犬を嫌う理由として、犬しか登場してこないからです。自筆オリジナル版にはその両方が出ていますので、お持ちで無い方のために、掲げておきます。大きな声で読んでください。

We lived beneath the mat,                        
Warm and snug and fat         
But one woe and that        
Was the cat!                      

To our joys a clog           
In ours eyes a fog.           
On our hearts a log          
Was the dog!                     

When the cat’s away         
Then the mice will play        
But, alas! One day:           
(So they say)

Came the dog and cat,         
Hunting for a rat,            
Crushed the mice all flat.      
 
Each one as he sat,          
Underneath the mat,           
Warm and snug and fat.       
Think of that!                      

マットの下に住んでいた。
ぬくぬくまるまる生きていた。
一つ悩みの種あった。
それは憎き猫だった。

我らの楽しみぶちこわす。
眼には恐怖呼び起こす。
大きな心配引き起こす。
憎き犬めがぶち壊す。

猫がどこかへ行ったとき、
それはネズミが遊ぶとき。
あれまあ、そんなある時に


犬め、猫めが連れだって
ネズミ狩りやって来て
ネズミ一族平らげた。

マットの下でぬくぬくと
たらふく食って丸々と
暢気に暮らしていたものを。
それを思ってやってくれ!

この詩は見事に韻を踏んでいて、ナーサーリー・ライム的なのですが、内容に意外性がないので、印刷本の時には改められたのでしょう。言葉の響きを楽しむ、言葉の響きを優先させている内に意味が飛んでもない方向に飛躍する、それをまた楽しむというイギリスの伝統に、しっかり乗っかって進められている「アリスの物語」ですが、翻訳で読むとそれが失われます。翻訳家が必死に頑張るのですが、なかなか成功しません。永遠に成功する当てはありませんが、その原因の一つは読者の我々に詩歌に関する伝統が極端に衰弱していることも1つの原因です。平安時代の人が、和歌をふんだんに用いた翻訳をすれば、いい翻訳が出来たのではないかと思います。

ネズミのお話についてはアリスとナイトが話していますのでそこをご覧ください。

ネズミが怒って立ち去ったあとの、一同の反応も、アリスがダイナの鳥を食べる話をしたところで、全員が震え上がり、去って行く様子も、上手い描写ですので、本文を読んでください。折角親しくなった仲間に去られて、アリスは一人ぽっちになって泣き出します。

その時、遠くの方から足音が聞こえます。ネズミが帰ってきてくれたのかしら?とアリスは思います。



*稲木・沖田先生の記述に関連する木下信一さんのご意見はFlatter Landをご参照ください。

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