不思議の国より不思議な国のアリス  
第1章 黄金の昼下がり
― 最終章または序章

The Golden Afternoon

  アリスはお姉さんに「アリスちゃん、起きなさい。まあ、なんとよく寝たことでしょう」と起こされます。アリスは夢から醒めて、『不思議の国』の話をお姉さんにします。

  ところが、聞いたお姉さんが、今度は、アリスと同じ夢を見ます。最初から終りまで。途中、目を開けると退屈な現実に帰ることも知りつつ・・・そして、最後に、アリスの行く末を心に描きます。アリスは大人になって、きっと、この夢や子供時代のこと、この幸せな夏の日々the happy summer daysを思い出すだろと思う所で、『不思議の国のアリス』終わっています。

  キャロルが現実のアリスたち3姉妹にこの話をしたのは、1862年7月4日の午後、舟遊びをしながらのことです。この日のことはよほど心に残ったのでしょう。『不思議の国のアリス』の序詩は次のように始まります。

All in the golden afternoon         
       Full leisurely we glide;             
 For both our oars, with little skill,     
       By little arms are plied,           
 While little hands make vain pretence              
       Our wanderings to guide           
ものすべて 金の光の昼下がり
     我ら舟こぐ ゆたゆたと
二人の漕ぎ手は つたなくて
    か弱い腕で オールこぐ
小さな両手で でたらめに
     我らの遊びを 案内する


   

  この.1862年7月4日の午後のことをキャロル・ファンはThe Golden Afternoonと言います。アリスの物語の誕生であり、また、至福のひと時でしょう。

  さらに、キャロルは、冬から始まる『鏡の国のアリス』 の序詩に「もしこのお話にため息が聞こえるなら、それは、'the happy summer days' 過ぎたこと、夏の輝きが終わったことである」と詠い、巻末の詩では次のように締めくくっています。

   A BOAT, beneath a sunny sky      
   Lingering onward dreamily       
   I n an evening of July ー         
                        (中略)
 In a Wonderland they lie,         
   Dreaming as the days go by,        
   Dreaming as the summers die:      

   Ever drifting down the stream ー    
   Lingering in the golden gleam ー    
   Life, what is it but a dream?         

小舟が一艘 夏空に
夢見心地にたゆたいて
ある7月の昼下がり

不思議の国にまどろみて
日々のまにまに夢を見る
逝く夏のように夢を見る

流れに沿って流されて
金の光にたゆたいて
人生、それはただの夢?

   

   輝くばかりに美しい夏の午後ですが、シェイクスピア・ファンなら、ソネット18を思い出すでしょう。

   Shall I compare thee a summer’s day.        君を夏の一日とたとえようか
   Thou art more lovely and more temperate  君はもっとかわいく、もっと、やさしい。

   ところが、このThe Golden Afternoonと呼ばれる1862年7月4日の午後は、実は、天気が悪かったということが1950年に分ったのです。気象台の記録によると、この日のオックスフォードはcool and rather wetで0.17インチの降水が記録さているとのことです。
     キャロルもアリスも同船のダッグワースも、輝くばかりの好天だったという記憶を持っていますから、不思議というほかありません。これはアリスファンお馴染みのアリス学七不思議(The Wonder of Aliceology)の一つとされ学者が研究しているところです。

  さて、私は最近、次の唄が、この黄金の午後の世界と通ずるのという発見をしました。

   Row, row, row your boat
   Gently down the stream,
   Merrily, merrily, merrily, merrily,
   Life is but a dream.

  現在歌われているメロディーでは少し雰囲気が違いますが、詩だけ読むとなんだか似ていると思いませんか。
  この唄についてはちょっと追っかけてみましたので*1をご覧ください。

  ところで、アリスの物語は夢の話と思っている人が多いいのですが、果たしてそうでしょうか?『鏡の国のアリス』では、Life, what is but a dream?(人生、それはただ夢ではないのか?)で終わり、夢はアリスの物語の大きなテーマなのですが、夢と現実とはどうすれば区別できるのでしょうか?

  キャロルの頃より少し前に、バークレー僧正(1685〜1752)とサミエル・ジョンソン(1709〜1784)が論争しています。バークレーの「この世は総て夢だ」という主張に対して、サミエル・ジョンソンは大きな石を力いっぱい蹴って、それを跳ね返えらせて、これでも夢か、と反論したといいます。しかし、私は、ジョンソン博士は痛い目をしただけで、反論にはなっていないと思うのです。夢の中でも同じことが起きるからです。実は夢か現実かという問題は決して決着がつく問題ではなく、もし、これに回答を出す人はおそらくノーベル賞を貰うでしょう。また、キャロルもこの問題について興味も持ったらしく、随所に夢のことが出てきますが、章を改めて書きます。41章をご覧ください。

  We are such stuff as dreams are made on,    我らみな 夢と同質
  And our little life is rounded with a sleep.     我らの命は 眠りの中
               ( シェイクスピア テンペスト  4.1.156 ) 

ということですから、今日はこれでお休みください。

(この問題に強い関心がある方は、チシャ猫とアリスの対話をどうぞ。少し根気が要りますよ。)

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