「不思議の国より不思議な国のアリス」    
人生の秘密ー人のためにすること
(エレン・テリーへの手紙2)
The secret of life - Do for others

キャロル(C.L.ドドソン)のエレン・テリー宛て手紙を1通ご紹介し、2人の関係と何よりもキャロルの人生への姿勢を知る参考に供したいと思います。
これは、少女友達イザ・ボウマンにエレン・テリーが示してくれた厚意に対する礼状である。
先に『「から騒ぎ」についての英雄的パズル』で取り上げた手紙と好一対を成すもので、あわせて読んでいただければと思います。
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                                 クライスト チャーチ オックスフォード
                                       1890年11月13日

My dear old friend

(注;"old"は「年とった」という意味ではありません。「友情が古い」という意味ですよ!)
あなたは何に対しても、本当に素敵で親切ですね!頼まれたことの100倍もしてくれる友達とどうお付き合いしたらいいでしょうか?
私の最も望んでいたことは次のようなものでした。あなたは、イザ[ボウマン]に会い、彼女が「教え甲斐」あることを確認した後で、私に、どこどこの劇場の支配人に話してご覧なさい、彼が何人かの良い発声法の先生の住所を教えてくれるでしょう、と教えてくださるだろうということでした。あなたご自身が彼女を指導してくださるなんて思いもかけませんでした。本当に、あなたは一人の旧友の心からの感謝と熱意に満ちた一人の子供の熱狂な愛を獲得しました。(たとえ、それらがあなたに何らかの報いとなりえても)
 そうですね。あなたはあの秘密 ― 人生の最も奥深い秘密のひとつを発見しておられるのでは? つまり、真にするに値することは、他人のためにすることである。古い格言に「自分で使ったものは失ったもの。人にあげたものは持っているもの。」とあるように。
正邪決疑学者たちがかつて「良いことをすること」は「悪いことをすること」の別の形だとこじつけようとしたことがあります。そして言いました。「あなたは他人に喜びを与えることによって、自分自身喜びを得ている。だから、それは単に利己主義の洗練された形に過ぎない。というのも自分の喜びが行為の目的だから。」
私は言う、「自分自身の喜びが動機であっても、それを他人の喜びへの動機が超えない場合は、たとえ両方が並存しても。それは利己主義ではない。」「利己的な人間」とは、自分に喜びがある限り、他人を傷付けてもことをなす人のことで、一方、「利己的でない人間」とは、他人に喜びを与える限り、たとえ自分に喜びがなくても、なおことをなそうとする人のことです。
しかし、両方の動機が一緒にある場合も、「利己的でない人間」はたとえ、動機のひとつに自分の喜びがあったとしても「利己的でない人間」なのである。神様は自分の子等が幸福であるのを見るのが真に楽しいのである。そして、私は次のような言葉を読んだことがある。「信仰の創始者であり完成者であるイエスを見つめながら〔走り抜こうではありませんか〕、イエスはご自分の前にある喜びを捨てて、十字架に耐えられました。」〔ヘブライ人への手紙12章2節〕私はこれらが文字どうり真実であると思います。
  それで、あなたの場合も同じなんです。友よ!あなたがイザの小さい杯に満ち溢れんばかりの幸せを注いだことを知って、あなたも心から喜ばれると私は信じますが、しかも、あなたの行いには利己主義の影はなく、それは、純粋で、混じりけのない、心豊かな親切心によるものです。
 私の可愛い小さな友達は、決して、あなたのご厚意を無駄にすることはなく、あなたの指導に応えて最大限の努力をすると確信しています。
 彼女の妹ネリーの「Editha’s Burgler」での演技を、あなたにご覧に入れたかったなあ!私の観劇経験の中で、こんなに素朴で甘美なものはありませんでした。
  私がイザをあなたのところに連れて行けませんでしたが、この2週間、病気で、瘧が起きて、暖炉にへばりついていたからです。再び町に出ることが出来るようになったら、お訪ねして、彼女にしてくださろうとしていることに、直接お礼を申し上げたいと思っています。
  エディーによろしく。もし、彼女が「切手入れ」が欲しいようなら、彼女はちょっとそんな気配を見せるだけでいいのですよ!私はそんな気配の受け取る名手なのです。
  ところで、『シルビーとブルーノー』を受け取っていただいたでしょうか?1889年12月12日にお送りしたのですが。届いていないようなら、お送りします。あなたにこの本を持ってもらいたいと思っていますので。 
                                          いつもあなたのことを思っている
                                                  C.L.ドドソン
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訳注:〔 〕は私が補ったもの。原文では強調されている所はイタリックスになっているが、数も多く煩瑣なので省略。

イザ・ボウマンはルイス・キャロルの数多い少女友達の中では、後期に属する。1886年、キャロル55歳、イザ12歳の頃から付き合いが始まり、イザが結婚するまで、キャロルが65歳で世を去る1年半前まで続く。イザは他の3姉妹を含め女優で一家のとの付き合いの中で最もお気に入りで、夏の保養地イーストボーンで共に過ごすなど、親密な関係にあった。彼女の著した『ルイス・キャロルの思い出』2人の関係を知るだけでなく、キャロルの知るための貴重な情報がある。その中に、キャロルが彼女に示した演技(発声指導)の手紙(1889年4月4日付け)も納められている。

その後、キャロルはエレン・テリーに発声指導に関する助言を求めたようで、それ対してエレン・テリーがどんな対応をしたかは、上に訳出したエレン・テリー宛ての手紙でわかる。

この小文を書くため、アイザ・ボウマン著『ルイス・キャロルの思い出』(河底尚吾訳 1983 泰流社)を読み返してみたが、イザがエレン・テリーから発声のレッスンを受けたといった記述はなかった。何かの都合で実現しなかったのかもしれない。
なお、イザ・ボウマンについてよく知られていることは、オペレッタ化された『不思議の国のアリス』の再演の際アリスを演じたこと。『シルヴィーとブルーノ』の巻頭に彼女の名前が織り込まれた詩が掲げられていることである。その『シルヴィーとブルーノー』の出版の直ぐ後、キャロルがエレン・テリーにその本を贈呈したのにたいして、1年近く経っても、彼女から何の反応がなかったことが、この手紙から分かる。

いずれにしろ、この手紙は、自分の少女友達へ示された厚意への、ちょっとオーバーな謝意の表し方の中に、『不思議の国のアリス』などでは伺えない、キャロルの人生態度の一面が表われているように思える。

注:Isa[bella] Bowman のIsaはアイザと発音するのか、イザまたはイーザと発音するのかよく分からない。


2012・10・17

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