ONLY A WOMAN'S HAIR   1862     ただの女の髪

["After the death of Dean Swift, there was found among his papers a small packet containing a single lock of hair and inscribed with the above words."]

"ONLY a woman's hair!" Fling it aside!
  A bubble on Life's mighty stream:
Heed it not, man, but watch the broadening tide
  Bright with the western beam.

Nay! In those words there rings from other years
  The echo of a long low cry,
Where a proud spirit wrestles with its tears
  In loneliest agony.

And, as I touch that lock, strange visions throng
Upon my soul with dreamy grace―
Of woman's hair, the theme of poet's song
In every time and place.

A child's bright tresses, by the breezes kissed
  To sweet disorder as she flies,
Veiling, beneath a cloud of golden mist,
  Flushed cheek and laughing eyes―

Or fringing, like a shadow, raven-black,
  The glory of a queen-like face-
Or from a gipsy's sunny brow tossed back
  In wild and wanton grace―

Or crown-like on the hoary head of Age,
  Whose tale of life is well-nigh told-
Or, last, in dreams I make my pilgrimage
  To Bethany of old.

I see the feast- the purple and the gold;
  The gathering crowd of Pharisees,
Whose scornful eyes are centred to behold
  Yon woman on her knees.

The stifled sob rings strangely on mine ears,
  Wrung from the depth of sin's despair:
And still she bathes the sacred feet with tears,
  And wipes them with her hair.

He scorned not then the simple loving deed
  Of her, the lowest and the last;
Then scorn not thou, but use with earnest heed
  This relic of the past.

The eyes that loved it once no longer wake:
  So lay it by with reverent care-
Touching it tenderly for sorrow's sake-
  It is a woman's hair.

〔スイフト司祭長の死後、彼の書類の中に、一総の髪が入れられた包みがあって、その上に上記の言葉が書かれていた。〕

「ただの女の髪」 片付けなさい
 人生の激流に浮かぶ泡(あぶく)に過ぎない
そんなものにかまわず 君  ご覧よ
  広がる河口に 西日の映えるさまを

いや この言葉には 久しい前から木霊する
  長いうめき声がある
誇り高き故 涙をこらえているが
  これほど孤独の苦しみはない

その一総の髪に触れると 群がり寄る幻
  私の魂に 優しい夢のように映る―
女の髪の毛は 詩人の歌草
  今も昔も いづくでもで

子供の明るい巻き毛に そよ風が吹いて  
  走れば可愛ゆく乱れ
金色の靄の中に包まれ
  頬を染め 目に笑みをたたえてる

それとも 濡れ羽烏の黒髪が
  輝く王女然とした顔を縁取り―
それとも 日焼けした額からジプシーが掻き揚げる
  奔放でなまめかしき仕草

また 王冠のような老婆の白髪
  その人の越し方は語り尽くせぬ―
また 終いに 私は 夢で巡礼に出る
  古のベタニイへと

そこはお祭りだ 紫や金色の衣装をまとった
  パリサイ人の人だかり
彼らが非難の目を注いでいるのは
  膝を折ってうずくまるあそこの女

不思議にも咽び泣きが私には聞こえる
  それは罪の絶望の底から搾り出されたもの
それでもなお涙を聖なる御足に注ぎ
  御足を自分の髪で拭っている
  
彼は純一な愛の仕草をなすに任せた
   彼女の心の奥底からの最後のものだから
だから 君も非難の眼を向けず 大切に扱いたまえ
  この思い出の品を

その髪を愛でた目はもはや開かれない
  だからその髪は恭しくしまいなさい
悲しみを耐えつつそっと触れてみる
  それが女の髪というもの
"ONLY a woman's hair!"を高橋康也先生は「たかが女の髪のひとすじ」と訳しておられるのを見て、これは少しおかしいのではないかと思いました。この言葉は、スイフトが30年以上大切にした内妻ステラの髪の一総をいれた封筒の上に書かれてあったものなのです。「たかが」はないであろうと言うのが私の感じでした。高橋先生ほどスイフトを知らない私が言うのもおかしいのですが、スイフトの気持ちを察すれば、「ただの女の髪」だから、あらぬ詮索をしてくれるな、そっとしてくれ、という意図でなかったかと思います。「ただの女の髪」ですが、万感の想いが込められているのであって、そこにキャロルが目を付けたのではないかと思います。
あることをきっかけに、次々と幻想を紡ぎ出していくやり方は「焔の中の顔」と同様ですが、意外な像が浮かんで来て、驚きます。

第4連は母親の、しかも幼児の姿。「焔の中の顔」参照。
第5連の女性はクレオパトラを指していると思います。シェイクスピア「アントニーとクレオパトラ」(1・1・10)参照。
第6連のベタンニーはエルサレムの近くの村。新約聖書の舞台です。
第7連はヨハネ福音書8章11以降。例の姦淫の女をイエスが庇う場面。
第8連はルカ福音書7章36以降。遊女が自分の涙でイエスの足を濡らし、自分の髪で拭う場面は私も好きな場面です。
そのような役割を担った大切な髪だから、このスイフトの「ただの女の髪」も大切に扱おうというのが、キャロルの趣旨のようです。

それにしても、この詩には生身の人物が登場しないのは淋しいですね。キャロルの遺品の中からも「ただの女の髪」が発見されておれば、さらに多くのファンをもったことでしょう。

この詩を最初に読んだ時、まず、思い浮かべたのは「女の髪は象をもつなぐ」という成句でした。
この成句について「ことわざ・俗談・Subhasita・Sprichwort・Proverbs」の皆様にお聞きしましたら、『五苦章句経』というお経が出典であることが分かりました。
キャロルの詩には、それほどの強烈さ、即ち、エロスの力はありません。そこがキャロル的なのでしょう。キャロルの愛を考えるヒントがあるように思います。

なお、私はかって、中野好夫著「スイフト考」岩波新書1969年を読んで感激した記憶があります。手元になく、もう絶版なので、古本屋で探し、再度手に入れました。問題の箇所は「ただの女の髪」と訳してありました。

2005・5・13(改6・28)  目次