不思議の国より不思議な国のアリス   
8.3.白ウサギの正体その3 A Conclusion

白ウサギついてはキャロル自身が意見を言っています。これは大変面白いので、少し長くなりますが、引用して置きます。

「で、白ウサギって一体何なのか?アリスの系統に属するのか?それともその対極を意味するのか?明らかに対極なのである。アリスが若く、勇敢で、元気で、目的にすばやく対応できるのに対して、彼は年取っていて、臆病で、小心で優柔不断である。そう言えば、私が彼をどんな人物だと言っているかが多少分かっていただけるだろう。私は白ウサギは眼鏡をかけるべきだと思うし、声は震え声、膝はガクガクしていてしていなければならない。全体の雰囲気は、声を出して鳥も追えない感じなのである。」(ALICE ON THE STAGE 1887)

「不思議の国のアリス」が出版されてから20年以上も経っての意見ですから、書いた当時とは少し性格付けが変わることもありますが、キャロルが物語を書いた頃のアクランド博士は50歳の男盛りでから、モデルとしては、そぐわない気がします。

私の結論は、白ウサギは作者ドジソンの一面を写したものではないかということです。

若く、勇敢で、元気で、目的にすばやく対応できるアリスの系統に属するのが物語り作家のキャロルで、一方、年取っていて、臆病で、小心で優柔不断である白ウサギの系統に属するのは、オックスフォードの数学教師で、社会のしがらみの中で、何とか良い地位を得ようとして、あくせくしたチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンではなかったかと思うのです。ドードー鳥や白のナイトはキャロルの一面を写していると言われていますが、白ウサギもその一面を写していると言って悪くはありません。

白ウサギは、アリスをウサギ穴へ誘い込んだことに始まって、随所にアリスの気を引く形で登場します。テニエルをそのことを意識して、背景に巧みに登場させています。(前頁挿絵参照) そして最後の場面の法廷も白ウサギのトランペット吹奏と告訴状の朗読で大詰めへと向かいます。このようなことをするのは作者の分身でなくてはできないと思うのです。

白ウサギの正体は作者ドジソンであると主張する人は余りいないと思いますが、ささやかな物的証拠を一つ掲げておきます。第8章で白ウサギがアリスに近づくところです。

`It's -- it's a very fine day!' said a timid voice at her side. She was walking by the White Rabbit, who was peeping anxiously into her face.

これは、吃る癖のあったキャロルの口調を捉えています。
翻訳を10数種調べてみましたが、そのことは大抵無視されています。例外は、北村太郎訳(王国社、集英社文庫)で、このようになっています。

と、と、と ――とってもいい天気ですね!」横からびくびくしたみたいな声がした。気がついたら横に並んで歩いていたのは白ウサギだったんだよ。ウサギのやつ、心配そうにアリスの顔をのぞきこんでる。

この上、キャロルが、日頃、アルバート公ゆかりの鎖のついた時計を持っていたとなれば、私の説も、更に強化されることになるのですが、そのあたりの追究は木場田さんにお願いすることにして、白ウサギは、ひとまず、これぐらいで置きましょう。

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