不思議の国より不思議な国のアリス   
5.3章 ネズミの眼   From the mouse’s point of view

涙の海でアリスが最初に出会うのはネズミですが、一瞬、セイウチか河馬と思います。自分が小さくなっているのを思い出し、それがネズミだとわかります。そのネズミに接近するアリスの様子が面白いのですが、本文を読んでいただくとして、そのネズミは何も答えてくれません。アリスは英語のわからないネズミと考え、フランス語で「私の猫はどこですか?」と言ってみます。その途端、ネズミは飛び上がり、震え上がります。ネズミははっきりと「猫は嫌い」といいます。アリスは自分の飼い猫ダイナの話をしますが、ネズミを取る話になって、そのネズミは全身の毛を逆立てて激怒。今度は、アリスは、犬の話で取り繕おうとしますが、これもネズミを取るという話で怒らせてしまいます。ネズミは逃げていきます。
ネズミの思いも懸けない反応、いや当然の反応は大変読むものにも衝撃を与えます。
視点を変えると全く別の世界が見えているのだということを強く訴えてきます。

ラーゲルレーフの「ニルスの旅」の冒頭の所でも、小人に変えられたニルスが、最初に遭遇する鶏や牛に強烈は敵意ある反応を受ける場面があります。ニルスにいじめられた側からすれば当然の反応ですが、この場面によって、動物達の世界が浮き彫りにされ、さらに、小さくなってしまったニルスの立場がはっきりして、読者はストリーに引き込まれていくことになります。

子供の本の名作には、相手の視点から見るとどうなるかが、良く描けているものが多いと思います。
殆どの生き物から見て、今や、地球全体を横暴に支配している悪食の猿『人間』は、最悪の生き物と映っていることでしょう。

金子いすゞのこんな詩はどうでしょうか?

  朝焼小焼だ
   大漁だ
   大羽鰮(おうばいわし)の
   大漁だ。

  浜は祭りの
   ようだけど
   海のなかでは
   何万の
   鰮のとむらい
   するだろう。

キャロルにこのような弱者の視点*があったかどうかは別にして、「アリスの物語」に出てくるキャラクターが、それぞれ、自分の視点、関心のポイントを持っていて、それがアリスと噛み合わない、というのがこの作品の特徴でもあります。
最初に出てきたウサギもアリスとは全く異なった価値観で動いていますが、まだ、アリスの意識には上っていません。このネズミによって初めて、異なった価値観があることが明示されるのですが、アリスが、なかなか、この点を理解できできず、同じ失敗を続けますし、理不尽とも思える誤解や攻撃に出会います。
アリスに対して、つっけんどんなのは、悪意と言うのではなく、価値観の異なる世界がごった混ぜになっている世界だからなのです。実はこの世界もそうなのですが、日ごろ、私たちは、自分の都合の良い視点でしか見ないことに慣れてしまっているのです。

私たちの固定した視点をいかに変えるかはキャロルの若い時からの関心事で、これはやがてパロディ、ナンセンス、逆転の世界へと我々を導いて行きます。

ネズミの話は後ほど聴くことにしましょう。
(2003・6・3)

0((20032003・6・3)

*弱者へのキャロルの思い
今年(2005年3月)でたキャロルの銀行口座を調べた本(Lewis Carroll in His Own Account Jenny Woolf Jabberwock Press )で、キャロルが恵まれない人、傷ついた人、虐待された人、そんな人のための施設や病院にこまめに、出費していることが明らかになり、多くの人に感銘を与えた。
動物虐待防止協会*へは1876及び1882年以降はなくなるまで会費を納入している。

*Royal Society for the Prevention of Cruety to Animals 1824年設立。  詳細

(2005・4・9追記)

前へ 目次へ 次へ