不思議の国より不思議な国のアリス     
アリスのノンセンス論(1)  
ノンセンス!とアリスは叫ぶ
On Nonsense (1)
 ”Nonsense!” said Alice loudly.

キャロルはファンタジーとノンセンスによって児童文学の世界に革命をもたらしたと言われますが、*1 たしかに、アリスの物語にはノンセンスが一杯あって、「ノンセンス文学」の代表選手の一つなのでしょう。私もアリスの物語に魅かれたのはノンセンスのせいです。

このノンセンスですが、アリスたちもノンセンスを求めていたことが、次の詩の一節でわかります。

Imperious Prima flashes forth
   Her edict to “begin it”:
In gentler tones Secunda hopes
   “There will be nonsense in it!”
While Tertia interrupts the tale
   Not more than once a minute.


生意気な一番上のお嬢さん、急に思いついたように
  「さあ、始めて」と命令する―
二番目のお嬢さんはもっとやさしい口調で
  「そのなかにはナンセンスがあるのがいいわ!」―
三番目のお嬢さんは口をはさむ
 一分間に一度といわず                (楠本君恵訳)*2
   
これは、「不思議の国のアリス」の冒頭にある詩で、キャロルが1862年、アリスたちにボートの上で話した時、キャロル・ファンはこの時をゴールデン・アフタヌーンと呼びますが、その時の情景を表現したものです。

ではアリスたちが求め、そして、われわれ読者も求めているノンセンスとは一体何なのでしょうか?これからこのノンセンスを追って行きますが、手始めに、われわれは「アリスの物語」の中の「ノンセンス」という言葉を見ておきましょう。
アリスの物語を通じて、ノンセンスと言う言葉が14回、10場面ありますりますが、全部列挙しておきます。

「不思議の国」
アリスの言葉としては、
@体が伸びて、自分の足にプレゼントをする際の宛名を言いながら、「おや、まあ、わたっしったら、何とノンセンスなことを話しているかしら」と呟きます。(AAW 2)
Aカードの兵隊がひれ伏しているのを見て、ハートの女王がアリスに「これらの者は誰じゃ」と聞いたのに対して、私のは関係ないとつっぱねると、女王は真っ赤になって怒り「首を切れ! 切れ・・・」といいかけた所、アリスは大声できっぱりと「Nonsense !」と言います。(AAW8)
B最後の法廷の場で、アリスが次第に大きくなるのに対して、ドウマウスが「あなたはここで大きくなる権利はないわ」というのに対して、アリスは「ノンセンスを言っちゃダメ。あなたも成長しているのよ」ときっぱりと切り替えします。(AAW11)
C法廷最後の場面。女王が「いや、いや、判決が先。審議は後」というのに対して、アリスは「馬鹿馬鹿しい、ノンセンス。判決を先と考えるなんて」といいます。(AAW12)
私が「不思議の国のアリス」の中で大好きな場面の一つで、物語の間中、小ばかにされたように扱われてきたアリスもここで大見得を切って、主導権を握り、最高潮に達して、激しいやり取りの上「あなたたち、唯のカードじゃあないの!」と最後の言葉を発し、物語は終局を迎えます。自分の声や動作で夢から覚めるあの瞬間をアリスの物語は巧みに表わしています。

アリス以外のキャラクターが「ノンセンス」と言っているいるところ見て置きましょう。
D「長い尾話」を聞いていないマウスに咎められたアリスが、言葉遊びではぐらかそうとしますが、マウスは「あなたはそんなノンセンスを言って私を侮辱しているわ」と言わせます。(AAW3)
E顔だけあるチェシャ猫に対して。執行吏は体がなければ首を切るわけに行かないと主張しますが、王はお前たちはノンセンスを言っていることにはならないと言います。(AAW8)
Fグリフォーンと海亀もどきの前で、アリスが変な歌を唄った時、海亀もどきは「以前聞いたことがないな。uncommon nonsenseに聞こえる」と言います。(AAW10)

「鏡の国で」はどうでしょうか?
G花たちは話す庭で、アリスが赤の女王に近づこうとした際、バラが逆の道を取っることを勧めたのに対して、アリスはそれをノンセンスだと感じるが、何も言わなかった。(TLG2)
H赤の女王との対話で、アリスのいう丘は谷のようなものだと言われたアリスは、「丘が谷だってありえないわ。ノンセンスというもんだわ」と言う。赤の女王は首を振り、「ノンセンスと呼びたければ、そう言いなさい。でも、私は本当のノンセンスを知っています。それ比べればあなたのなんか、辞書にある真っ当なものです。」アリスは声の調子から王女が怒っているのではと思い、また、お辞儀をしました。(TLG2)
I「鏡のケーキをどう扱えば良いのかしらないね」とユニコーンが、「先ず配って、それから切りなさい」と言うのに対し、アリスはノンセンスのように思えたが、従順にしたがって起き上がり、お皿を廻りの運びました。(TLG7)

これでアリスの物語のnonsenseは総てです。アリスや他のキャラクターの評価、価値判断を示していますが、その指し示すところにノンセンスの実体があります。馬鹿馬鹿しいこと、理屈に合わないこと、ありえないこと、無意味なことがそこにあるわけです。

「不思議の国」では、多く、ノンセンスが相手の発言を否定する「決め付けの言葉」として使われています。日本語で言えば「そんな馬鹿な!」という所です。評価することによって、主体性を取り戻します。私たちががアリスの物語が好きな点の一つは、言葉であれ、行為であれ、アリスが最後に主体性を発揮する所です。

「鏡の国」ではアリスは相手をやっつける切り札としてノンセンスという言葉を使っていません。心の中で思うだけですが、アリスが成長したとも言えます。「鏡の国」の最後はどうなのかついでに見ておきます。「もうこれ以上我慢ならないわ」と叫ぶと、同時に飛び上がり、両手でテーブル・クロスを掴みました。一気に引っ張ると、食器も客も燭台も音を立てて、皆床に重なり合って、落ちました。(TLG9)もう、言葉の世界ではなく「暴力」の世界です。言葉では通じないのです。

ノンセンスという言葉を使っていなくとも、アリスの物語には数え切れないほどのノンセンスがあるのは、ご存知の通りです。ネズミの無味乾燥な話、ルールのないコーサス・レース、答えのない謎々・・・挙げれば切がありません。一場一場の展開もノンセンスなケースが多い。

では、このナンセンスの正体は何なのかをこれから追っていきます。
ただ、簡単に決着が付く問題ではありませんので気長にお付き合いください。そして、わかることは結局ノンセンスは何かということですから、馬鹿馬鹿しいと思われるなら、早々に他に移られるのが良いかと思います。
なお、言葉の問題ですが、日本語の訳として、nonsenseは「馬鹿馬鹿しい」「意味がない」とされますが、訳語によって引きずられないように「ノンセンス」ということにして論を進めるとします。ついでに、「ノンセンス」か「ナンセンス」の表記については私は余りこだわりませんが、本文では引用以外はノンセンスにしておきます。:*3

一体ノンセンスは何か?
ファンタジー、言葉遊び、ジョークとどう違い、どう関連するのか?
狂気なのか?狂気とどう違うのか?
どんなものをノンセンスと呼び、それには種類があるのか?
ノンセンスの面白さとはいったい何なのか?
パラドックスやパラドックスな表現を用いるタオイズムや禅と関係があるのか?
マザーグースやリアの世界とキャロルはノンセンスという共通項を持つが、どうかかわるのか?
ノンセンスの系譜は?

こんな問題が前途に控えているます。

皆がノンセンスと感じる範囲がはっきりしないし、ノンセンスの反対はセンスですが、センスとは何かがはっきりしない。「センス」あるものとそれ以外は「センスでないもの=ノンセンス」のものの二つの世界があって、物事はどちらかに属する(二分法)とするか、それとも、「ノンセンス」なものと「ノンセンスでない」もの以外にそのいずれにも属さない「その他」があるとする(三分法)があります。

50年i以上も前、エイザベス・シューエルという人は「ノンセンスの領域」という本を書いて、ノンセンスは独自な世界があるのだ、センスのないものをすべて含むのではなく、独自の性質を持つ領域があることを主張しました。しばらく先人の考え見てみましょう。
(つづく)

06・4・25


*1 The Oxford Companion to Children's Literature H.Carpenter ,M Prichard  
*2 楠本君恵訳「不思議の国のアリス」(理創社)
*3 気になる方はここも参照ください。

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