不思議の国のアリス
ルイス・キャロル 挿絵;ブライアン・パートリッジ
訳:楠本君恵 論創社








M.Mさんへ          宮垣 弘

わが国では沢山の「不思議の国のアリス」の翻訳本があり、どれを選んで良いか迷いうでしょう。「鏡の国」を含めると、明治の頃から優に100を越え、「ハムレット」の翻訳とその数を張り合っています。
この辺のことをお知りになりたければ、楠本君恵著「翻訳の国のアリス」(未知谷)をご覧いただきたいのですが、今回の本は、この翻訳史の研究者が、自分でも翻訳しようと乗り出されたいうわけです。
喩えが悪いでのすが、(先生のイメージとも異なるのですが)、ラーメン評論家が、自らラーメンを作るの似ています。お味はどうか?

翻訳には乗る気ではなかったと「訳者あとがき」に書いてあります。そのお気持ちはわかる気がします。それなのにどうして?本のあとがきを読まれれば、わかるだけでなく、この本の特徴も良く分かり、私の下手な紹介など全く不要なほどです。

「アリス」は先ず、10歳くらいの子が読んでもわかる平易な文章で、キャロルの英語は端正な英語とされていますから、それにふさわしいものでなけらばなりません。それから、ふんだんにある言葉遊びや面白い場面を、(英語圏の子供には簡単に通じることを)日本の読者にどう伝えるかが問題なのですが、この本はさすが良く工夫されていて、日本人でも笑えます。もともと翻訳不能なことを強いて日本向けに訳すのですから、この辺の工夫は、かなり大胆になされています。
ラーメンに例えれば、伝統的な衒いのない(折り目正しい)麺やダシを使い、トッピングはこれまでにない新味を加え、なかなか結構なお味と思います。

問題はこの本の挿絵にあります。訳者はこのブライアン・パートリッジの絵に感じるものあり、それをイメージして、一気に訳したとあとがきに書いてあります。

その挿絵ですが、テニエルやラッカム等の先行する挿絵にくらべて、勝るとも劣らない素晴らしいものです。テニエルの挿絵がアリスに強い存在感を与えたとしたら、パートリッジの挿絵は強い現実感を与えたと言ってよいでしょう。なぜそうなのかというと、質の高い描写力によるものですが、特に、キャラクターの目(瞳)が大変良く描けていて、挿絵に、あなたは見つめられている感じになり、これが、強い現実感、臨場感を与えているのです。
アリスの物語はファンタジー系に分類されることが多く、ファンタジーとしてこの物語を読む人には、この挿絵はそれに相応しいものです。シュール・リアリズムの絵がダリの絵のように写実的であるのと同じなのです。

本屋さんで一度手にとって眺めて見てください。あなたのお好みに合いそうな気がします。次回一杯飲みながらご感想をお聞かせください。

06・3・5

読書の愉楽・私の書評  不思議の国より不思議な国のアリス 
Alice in Tokyo