ロンドン通信1  ’01・3・27

   ロンドンに飽きたら、それは人生に飽きたとき

 息子のハイスクールの授業にLondon in Literatureという英語の課目があります。そこで最初に取り上げるのがJames BoswellのThe Life Of Samuel Johnson,LL.D.(1791)です。Johnson博士といえば、初めての学問的な英語辞書を作った人物ということしか知らなかったのですが、息子と一緒にこの本を読んでみると、私にとっては色々と新しい発見がありました。シェイクスピア上演史に登場する名優であり演出家でもあるDavid Garrickは、彼がまだ田舎で貧乏教師をしていた時代の生徒であったこと。彼が成功を夢見て田舎からロンドンに出てきたとき、Garrickも一緒だったことなどです。Johnson博士はシェイクスピアの注釈書も出版していますし、Garrickの演出に辛口の批評をしています。劇場にもしばしば足を運んだようです。ここから2人のライバル関係がうかがえます。さてそのJohnson博士が、次のような言葉を残しています。このロンドン通信で、私の目から見た興味あるロンドンを皆さんにご紹介できたら大変幸せです。

“When a man is tired of London, he is tired of life;

for there is in London all that life can afford.”

James Boswell:The Life Of Samuel Johnson,LL.D.(1791)

ンドン通信 2  ’01・04・02

  シェイクスピア・ドラッグ・S CLUB 7

「シェイクスピア使用のパイプからコカイン検出」という記事が3月2日付朝日新聞夕刊に掲載されたとのことですが、残念ながらイギリスにいる私は、そのニュースに気づきませんでした。
 2月末から口蹄疫の発生と拡大で国中大騒ぎのため、メディアでの扱いが小さかったのかもしれません。そんな中、「
S CLUB 7ドラッグ事件で謝罪」という記事が新聞で大きく取り上げられました(3月22日)。S CLUB 7はクリーンなイメージで幅広い層に人気の若手ポップシンガーグループですが、その男性メンバー3人(18,19,24歳)がカナビス所持の容疑で逮捕されました。このグループは恵まれない子どもたちを助けるチャリティー活動の主題歌を歌うなど、青少年に対する影響力が強いため、青少年育成に関わる団体などから非難を受け、それに対して謝罪をおこなったものです。英国では子どもたちの世界もずいぶんドラッグに汚染されているようです。オックスフォードやケンブリッジに毎年数多くの卒業生を送る超一流の私立女子校に娘を通わせているお母さんが、「娘の学校でもドラッグをやっている子がとても多いの。勉強のプレッシャーからドラッグに手をだすのよ。街に遊びに行けば簡単に手にはいるらしいわ。」といっていました。大多数の子はその危険性がわかっていて中毒になるところまでは至らないのですが、それに家族や学校での問題が絡むと、事態は悪化してしまいます。私の友人の息子も高校時代に依存症になり、今はその状態から脱したもののまだ後遺症で長い時間集中できず、結局大学も中退、20代半ばですがまだ定職に就けずにいます。学校側もこの問題に厳しい態度で臨んではいるようですが、ドラッグを買うお金のある比較的恵まれた家庭の子供が通う学校で、特にこれが深刻化しているようです。息子の学校では昨年秋、小グループでのヨーロッパ研修旅行がありましたが、オランダ(ドラッグの規制が英国より緩やか)研修グループでは2人の生徒がドラッグを買って持ち帰ろうとし、1人は退学、もう1人は停学処分となりました。このように、子どもたちをドラッグから守ることには熱心ですが、大人の薬物使用に対しては基本的には本人の責任という考えのようです。前述のS CLUB 7の逮捕も「そんなことに警察が労力を使うのは税金の無駄使いだ。もっと大事なことを取り締まれ。」という内容の投書が翌日の新聞に載ったほどです。シェイクスピアとコカインの件がどのように報道されたか分かりませんが、彼の作品を勉強する青少年に悪影響を及ぼしかねないという点だけはたいへん気になります。


 ロンドン通信 3
     01・04・10

  チョコレートはCadbury(カドバリー

 イースター(今年は4月15日)を目前に、ロンドンの食料品店には色とりどりにラッピングされたイースターエッグが並んでいます。サイズはウズラの卵ぐらいから、ダチョウの卵ぐらいの大きい物まで様々です。どれもチョコレートでできていて、大きい物は中が空洞になっていますが、中にクリームやキャラメルの入っている小さ目のエッグもあります。ラッピングも、子供の喜びそうなキャラクターをあしらった物や、大人用におしゃれな花柄のボックスに入った物まで、バラエティーに富んでいます。イースターにはこれを互いにプレゼントして、春の訪れをお祝いするようです。
ロンドン北西部にあるスポーツクラブのラウンジで、テニス仲間とおしゃべりをしていたときのこと。(このクラブには室内テニスコート、ジム、プール、サウナなどが完備されており、暗くて寒いロンドンの冬を乗り切るのに役立っています。)次のようなチョコレート談義を耳にしました。
「ホリデーにヨーロッパ大陸に行く楽しみの1つは、それぞれの国のチョコレートが食べられることよね。でもやっぱり一番おいしいのはCadburyだわ。」と一人が切り出すと、「そうそう。お客様からGodivaのチョコレート(ベルギーの高級チョコレート)をおみやげにいただいても冷蔵庫に入れっぱなしで、自分が食べるのはやっぱりCadburyなの。」すると次の人が「うん。私もいただきもののGodivaはすぐよそにまわしちゃうわ。Cadburyの方がおいしいでしょ。」Cadburyはチョコレートづくりに100年近い歴史を持つ英国のブランドですが、駅の売店でもスーパーでも簡単に買えるこのチョコレートが、こんなにみんなに支持されているとは驚きでした。近所に住む知人がイースター休暇に旅行に行く話をしてくれました。彼女の娘時代の友人が家族でカタール(ペルシア湾沿岸の首長国)に駐在しているのを訪ねるのだそうです。

「あちらの国ではイースターをお祝いする習慣がないそうだから、おみやげにイースターエッグを持っていくの。もちろんCadburyのを買ったわ。」

英国で根強い人気のCadbury。次回はその秘密に迫ってみようと思います

ロンドン通信 4        01・04・17

続 チョコレートはCadbury(カドバリー

 Cadburyの定番商品はDAIRY MILKというミルクチョコレートですが、これはなんと1905年の発売以来、ずっと英国の人々に親しまれているようです。 娘の読んでいるティーンエージャー用雑誌に、「女の子同士のお泊まりパーティー必需品」の特集記事がありました。ネールアートキット(爪にきれいなシールを貼って遊ぶ)、CD、ビデオ、スナック菓子、コーラ、チョコレートがリストアップされ、それぞれに具体的な人気商品のランキングが紹介されています。例えばCDのランキング2位には、「ロンドン通信2」にも登場したS CLUB 7の「7」というアルバムがはいっています。そしてチョコレート部門では、CadburyDAIRY MILKが堂々の1位。しかも10点満点中10点を獲得しています。女の子たちのコメントを紹介すると「チョコレートは厚みがあって大きくてとってもクリーミー。みんなの超お気にいり。」という具合です。

 そこで我が家でも改めてこれを試食してみましたが「あまりにもクリーミーすぎておいしくない」という結果になりました。チョコレートの説明書きには「半ポンド(約230グラム)のチョコレートを製造するのにコップ1杯半のフルクリームミルク(乳脂肪分がとても高い牛乳)を使用しています」とあります。どうもこのクリームっぽさが、英国の人々に人気の秘密のようです。そういえば英国の人々はクリームが大好きです。6月下旬から開催されるテニスの全英選手権(ウインブルドン)名物にストロベリークリームがありますが、これはいちごにシングルクリーム(泡立っていない液体状のクリーム)をかけたものです。また果物入りのパイやチョコレートケーキにも、シングルクリームをたっぷりかけて食べるのが普通です。ティータイムのスコーンも、クリームをたっぷりつけて食べます。英国の人にとってクリーミーなチョコレートが一番おいしいと感じられるのも、これで納得できるような気がします。

ロンドン通信 5                             01・04・23
4月23日はシェイクスピアの誕生日&命日

4月23日付の新聞、THE TIMESのAnniversaries(記念日)欄には、3人の英国を代表する詩人・劇作家の顔写真が並んでいます。William Shakespeare(1616年没), William Wordsworth(1850年没), Rupert Brooke(1915年没) の3人は、いずれも命日が4月23日。このうちシェイクスピアは誕生日も同じということで、ロンドンでもシェイクスピアゆかりのサザーク聖堂で彼を偲ぶコンサートが開かれたり、街頭でソネットの朗誦が行われたようです。特に大きなイベントはありませんが、ロンドンでは毎日のようにどこかでシェイクスピア劇が上演され、一年中シェイクスピア記念日のようなものだからでしょう。

さて14才(日本では中学3年生)の娘が英語の授業でシェイクスピアを学び始めました。The Merchant Of Veniceを原文で読むのですが、最初に読んでくるように言われたのが数年前にTHE TIMESに掲載された次のようなタイトルの記事です。『不快な作品・The Merchant Of Veniceは演劇の名折れ(A nasty piece of work, The Merchant Of Venice is a disgrace to the stage)』筆者(Arnold Wesker)はこの作品を、受け入れ難いとして痛烈に批判しています。その理由は、ユダヤ人シャイロックが嫌悪すべきものの具象化として描かれている点にあります。この作品中どの登場人物も、シャイロックが極悪非道の人間であることとユダヤ人であることを区別して考えるべきだと示唆するような発言をしていない。その結果、ユダヤ人を排斥する感情やひいてはホロコーストのような悲劇を引き起こす原因となった、というのがその論旨です。

米国では、The Merchant Of Veniceは人種差別的だから学校では教えないようにしようという動きがあるそうです。また南アフリカでは、シェイクスピアはracist(人種差別主義者)という理由で教えることが一切禁止になっているそうです。娘の学校は米国国籍の生徒がほとんどですが、民族的には多岐に渡っているので人種差別の問題には非常に敏感です。シェイクスピアの影響力の大きさについて改めて考えさせられました。

ロンドン通信 6                                                                                     01・04・30 

         VE Day

「イギリスでは1日のうちに四季がある」とよく言われますが、その言葉通り、青空がのぞいて日が射したかと思うと黒い雲が空を覆い、激しい雨や雹まで降るという不思議な天気が続いています。

5月8日は、連合国側が欧州での勝利をおさめた第2次世界大戦の記念日VE Day (Victory in Europe)にあたります。このため4月下旬からテレビでは、「決闘・チャーチルvsヒットラー」「ヒットラーの片腕たち」「ヒットラーとエバ・ブラウン」など、戦争関連の歴史ドキュメンタリーが数多く放映されています。私がロンドンに住んで感じるのは、ヒットラーによるユダヤ人虐殺が単なる歴史的事実ではなく、人々の体験に根ざしているということです。現在は英国籍でも、祖父の代にナチスの迫害を逃れてイギリスに渡ってきたとか、家族にホロコーストの生還者がいると話してくれる人達が周囲にたくさんいます。

私の友人がアンティーク関係の仕事で親交のあるEva Schlossもその1人です。彼女は母と一緒にユダヤ人収容所に入れられましたが、幸いにも母と共に生き延びることができました。しかし父と兄は生還することができませんでした。戦争後の1953年、Evaの母はOtto Frankと再婚します。Ottoも妻と娘2人をホロコーストで失いました。その娘の一人が「アンネの日記」を書いたAnne Frankでした。EvaもAnneも1929年生まれですが、Evaの誕生日が1ヶ月早いので、Anneのお姉さん(Step-sister)ということになります。Evaは結婚して現在ロンドン北西部に住んでおり、ホロコーストを忘れてはならないという思いから1988年にEvas Storyという本を出版しています。彼女は今も、ホロコーストを知らない若い人々にその体験を伝える働きをしています。数週間前にも娘の学校を訪れて講演して下さいましたが、娘のクラスは時間割の都合で話が聞けず、大変残念だったそうです。

VE Dayは戦争の愚かさ、平和の大切さと共に、人種差別や偏見について考える日でもあります。

      ロンドン通信 7                                                           01・05・09

                マイ・フェア・レディ

  5月5日、テムズ川の南岸(サウスバンク)にあるロイヤル・ナショナル・シアターに、家族4人揃ってミュージカル『マイ・フェア・レディー』を見に行きました。ロイヤル・ナショナル・シアターは芸術審議会からの助成金を受けて運営されている国立劇場であり、「あらゆる社会階層に属するあらゆる年齢層のための国立劇場」というのがそのモットーです。建設されてから今年でちょうど25年になります。この劇場は商業的な採算よりも芸術性に重点を置き、新しい試みを奨励することを原則として運営されていますが、ここで試され、商業劇場へ移行して大当たりした作品も少なくありません。こういった国立劇場の活動が英国演劇の原動力となっています。国からの援助があるため料金は商業劇場に比べて安くなっていますが、それに加えて25歳未満や60歳を超える人々、障害者、車椅子使用者にはさらに割引があります。演劇愛好家にとっては第一級のキャストによる優れたプロダクションを格安で見ることのできる魅力的な劇場です。最近ではポール・スコフィールド、ヴァネッサ・レドグレイブ、ジュディー・デンチなどの名優がこの舞台に立っています。

  そういうわけで当然のことながらチケットの予約は難しく、先手必勝です。私も5月5日のチケットを予約したのは1月初めのこと、それでも2階の一番後ろの列しか残っていませんでした。ここにはオリヴィエ・リテルトン・コッテスローという大・中・小3つの劇場があり、マイ・フェア・レディーは座席数約890の中劇場で上演されるため、一番後ろでも舞台は大変よく見えます。家族4人のチケット代は合計50ポンド(約9000円)、日本では考えられない安さです。マイ・フェア・レディーは1910年のロンドンが舞台です。今回は20数年ぶりのリバイバルであり、演出はシェイクスピアの演出家としても有名で現在ロイヤル・ナショナル・シアターの芸術監督を務めているトレヴァー・ナン。彼は「キャッツ」「レ・ミゼラブル」など格調高いウエストエンドミュージカルの演出家でもあります。前置きが長くなりましたが、次回ロンドン通信でミュージカルの感想をお伝えしたいと思います。

ンドン通信 8                                                                  01・05・16

                                     マイ・フェア・レディー 2

イ・フェア・レディーは コベントガーデンにあるロイヤルオペラハウスのシーンから始まります。上流階級の人々が優雅にオペラを楽しむ場面に引き続き、労働者階級の人々の生活感あふれる場面が展開されます。踊りにも衣装にも、階級間のコントラストが生き生きと表現されていました。主人公のイライザが「正しい発音」習得に悪戦苦闘する場面は、普段日本式の発音で苦労している私にとって、笑いながらも身につまされる思いでした。

『マイ・フェア・レディー』といえば日本ではオードリー・ヘップバーン主演の映画がよく知られていますが、原作はバーナード・ショー(1856−1950)が1912年に発表した戯曲Pygmalionです。ショーは社会改革と言語改革に情熱を燃やしていました。特に英語のスペリングと発音が一貫していないことからスペリング改革を訴え、また教養ある発音を習得することによって、社会の要職につくことができると主張していました。

ある書簡で彼はこう述べています。「俳優Forbes Robertsonがハムレットを演じるような発音を習得できれば、その人物は最高裁判所長官、オックスフォード大学総長、カンタベリー大司教……になる資格がある。」このような発音はReceived Pronunciation(RP)、このような英語はReceived Standard Englishと呼ばれています。社会階層による発音の違いは今でも残っています。家電製品や配水管が故障したとき家にきてくれるサービスマンはコックニー(ロンドンなまり)を話すことが多く、聞き取りに苦労します。ITVテレビの看板ニュース番組、News At Tenのキャスターを務めるTrevor McDonaldは移民家庭出身であるため、自分の望むキャリアを手に入れるため、RPの習得に大変な努力をしたそうです。マイ・フェア・レディーのプログラムにも次のようなエピソードが紹介されていました。「ある演劇学校講師が若い黒人俳優にRPを教授していたが、教わる当人がその必要性を認識していないため、はかばかしい成果をあげられずにいた。講師は忍耐強く努力を続けるよう若俳優を諭した。数日後その俳優が講師のもとにやってきて、自分は心を入れ替えたという。『実は昨晩街で警官に呼び止められ、尋問を受けました。完璧なRPで返答したらすぐに放免されたんです。』」私もせっかくロンドンに住んでいるのだから、RPを目指してもっと努力しなければと思いました。

 

ロンドン通信 8                                                                  01・05・16

                                     マイ・フェア・レディー 2

イ・フェア・レディーは コベントガーデンにあるロイヤルオペラハウスのシーンから始まります。上流階級の人々が優雅にオペラを楽しむ場面に引き続き、労働者階級の人々の生活感あふれる場面が展開されます。踊りにも衣装にも、階級間のコントラストが生き生きと表現されていました。主人公のイライザが「正しい発音」習得に悪戦苦闘する場面は、普段日本式の発音で苦労している私にとって、笑いながらも身につまされる思いでした。

『マイ・フェア・レディー』といえば日本ではオードリー・ヘップバーン主演の映画がよく知られていますが、原作はバーナード・ショー(1856−1950)が1912年に発表した戯曲Pygmalionです。ショーは社会改革と言語改革に情熱を燃やしていました。特に英語のスペリングと発音が一貫していないことからスペリング改革を訴え、また教養ある発音を習得することによって、社会の要職につくことができると主張していました。

ある書簡で彼はこう述べています。「俳優Forbes Robertsonがハムレットを演じるような発音を習得できれば、その人物は最高裁判所長官、オックスフォード大学総長、カンタベリー大司教……になる資格がある。」このような発音はReceived Pronunciation(RP)、このような英語はReceived Standard Englishと呼ばれています。社会階層による発音の違いは今でも残っています。家電製品や配水管が故障したとき家にきてくれるサービスマンはコックニー(ロンドンなまり)を話すことが多く、聞き取りに苦労します。ITVテレビの看板ニュース番組、News At Tenのキャスターを務めるTrevor McDonaldは移民家庭出身であるため、自分の望むキャリアを手に入れるため、RPの習得に大変な努力をしたそうです。マイ・フェア・レディーのプログラムにも次のようなエピソードが紹介されていました。「ある演劇学校講師が若い黒人俳優にRPを教授していたが、教わる当人がその必要性を認識していないため、はかばかしい成果をあげられずにいた。講師は忍耐強く努力を続けるよう若俳優を諭した。数日後その俳優が講師のもとにやってきて、自分は心を入れ替えたという。『実は昨晩街で警官に呼び止められ、尋問を受けました。完璧なRPで返答したらすぐに放免されたんです。』」私もせっかくロンドンに住んでいるのだから、RPを目指してもっと努力しなければと思いました。

 

ロンドン通信 9                                                                               01・05・22

                  JAPAN 2001

現在英国では、ロンドンはじめ各地でJAPAN 2001が開催されています。日本の文化とライフスタイルを英国に紹介し、日英の交流をさらに深めていこうという趣旨のもと、日本古来の伝統芸能から日本の今を伝える最新のアートやテクノロジーまで、種々様々なイベントが約1年かけて開催されます。5月19,20日にはJAPAN 2001のオープニングを飾るイベントとして、ロンドンのハイドパークでMatsuriが行われました。流鏑馬、太鼓演奏、阿波踊り、御神輿など、日本の祭が大集合したようです。また5月20日の夕べにはロンドンのRoyal Festival Hallにおいて「東洋と西洋の音楽融合」を目指したコンサートが開催され、これには私も夫と共に出かけました。

演目は武満徹の作品2曲とブラームスのピアノ協奏曲第2番、指揮はウラディーミル・アシュケナージ、武満作品のバイオリンソリストに諏訪内晶子、ピアニストはエフゲニー・キーシンという豪華プログラムに、会場はオーケストラの後ろに位置する所まで満席でした。聴衆は日本人だけでなく英国人も多く、ロイヤルボックスには英国訪問中の日本の皇太子の姿もありました。前半は東洋を感じさせる音の響きに諏訪内晶子のバイオリンの音が透明感と緊張感を与えていました。後半はキーシンの意志を感じさせる力強いピアノ演奏とアンコールのショパンで大いに盛り上がりました。言葉や文化の違いを超えて共に楽しめる、音楽のすばらしさを感じた幸せな一時でした。今回のコンサートは夫が仕事で利用しているコンサルティング会社がスポンサーとして参加しているため、そちらからのご招待でした。コンサートに先立つレセプションでコンサルティング会社の税務を担当している有能な日本人女性スタッフと話をする機会がありました。彼女はずっと英国育ちで、日本語より英語の方が得意だそうです。大学はオックスフォードでしたが、ちょうどその時期に日本の皇太子もオックスフォードに留学していたため、弦楽カルテットを組んで毎週一緒に演奏していたそうです。言葉の壁がなく共感できる音楽、それに対して演劇にはどうしても言葉の壁がつきまといますが、日本の演劇は英国の聴衆を感動させることができるでしょうか。JAPAN 2001ではこれから、松竹大歌舞伎近松座の「曽根崎心中」、蜷川幸雄の「近代能楽集」、野村万作の「間違いの喜劇」を翻案した「間違いの狂言」が上演される予定になっています。注目して、ロンドン通信でも評判をお伝えしていきたいと思います。


ロンドン通信 10                                            0105・30

 

                      日本のシェイクスピア

 

前回お伝えした松竹大歌舞伎近松座が、いよいよ今週ロンドンにやってきます(5月30日―6月9日)。5月27日付サンデーテレグラフ紙はREVIEWと題した別冊版で、これを紹介する全面記事を掲載しています。Louise Leveneによる記事のタイトルはHe makes up just like a woman。楽屋で白塗りの化粧をする中村雁冶朗の大きな写真には、次のようなキャプションがそえられています。

「人間国宝の楽屋・10代の遊女に変身する三代目中村雁冶朗。『日本のシェイクスピア』である近松の戯曲普及という彼の使命は、ローレンス・オリビエとの出会いで実現した」記事では男性だけで演じる歌舞伎の歴史や衣装、化粧、日本のシェイクスピアである近松門左衛門について細かく触れながら、雁冶朗とオリビエの出会いを紹介しています。「1971年、雁冶朗は英国を訪れ、マンチェスターでThe Merchant of Veniceに出演中のオリビエを楽屋に訪ねた。これを契機に雁冶朗は、近松作品を専門とする劇団の創設を決意する。『以前からこのことは私の胸にあったのですが、オリビエはそれを私のライフワークとし、英国のロイヤルシェイクスピア劇団のようなものを創設すべきだと力説したのです。』」こうして生まれた近松座は今年で創立20周年を迎えます。英国演劇界と歌舞伎の結びつきとして、さらに次のようなエピソードも紹介されています。「1998年、雁冶朗は初めてマーク・ライランスと出会い、ライランスはその翌年グローブ座で、男性俳優だけでAntony and Cleopatraを上演。」マーク・ライランスはサウスバンクに再建されたグローブ座の芸術監督であり、この公演で自らクレオパトラを演じて大評判となりました。昨シーズンはHamletで主役を演じたので、英国訪問された「雑司ヶ谷シェイクスピアの森」有志の方々も覚えておられることと思います。雁冶朗はkimonoを着ないで女形を演じるライランスに深く感銘を受けたといいます。今回の公演会場となるSadlers  Wellsには本格的に花道もしつらえられ、日英同時通訳のイヤホンガイドが利用できます。「日本人にとっても詠唱口調の古語はほとんど理解不能のため、日本でもイヤホンガイドがある」と記事では説明されています。今週水曜の開演が楽しみです。またオリビエとの出会いを記念してのことでしょう。これに引き続きマンチェスターでも、史上初の歌舞伎公演が予定されています。


ロンドン通信 11

 

PEARL HARBOR

 

英国では先週から、ハリウッド映画PEARL HARBORの公開が始まりました。1941年の日本軍による真珠湾奇襲攻撃を背景としたラブロマンスで、SHAKESPEARE IN LOVEにも出演したBEN AFFLECKが主演、巨額の制作費を投じたことで話題になっています。しかしここ英国では、この映画への風当たりは強く、ほとんどの新聞で酷評されています。その主な理由は、この映画が第2次世界大戦という歴史的事実を取り扱っているにもかかわらず、その捉え方があまりにも米国賛美的にすぎるという点です。つまり米国だけが犠牲を払い、英雄的に敵に立ち向かったような描かれ方をしていることが英国人には不満のようです。「PEARL HARBORで犠牲になった米国人の何倍もの数の英国人が、ドイツ軍による空襲で命を奪われた」とか「連合軍として米国と英国は力を合わせて戦ったのに、英国に対する敬意が感じられない」とか「知性のある人間ならこんな映画は見ないだろう(6月1日付デイリー・テレグラフ紙)」といった辛辣な批評まで出現しています。同じ連合軍であっても、国によってその歴史認識が異なることに私はたいへん興味をひかれました。

アメリカンスクールに通う14歳の娘は今学期歴史の授業で、第2次世界大戦について学んでいます。その娘が、「お母さん、私今週の木曜に学校からPEARL HARBORを見に行くんだよ。」といいます。「アメリカンスクールだから生徒に米国賛美の映画を見せるの?」と思ったのは私の早とちりでした。娘によると、今晩テレビで放映されるPEARL HARBORのドキュメンタリーを見てメモを取り、それをもとに映画では歴史的事実がどう扱われているかを検証するのが映画鑑賞の目的のようです。見た後にはきっとレポートの提出が待っていることでしょう。かわいそうに娘は、BEN AFFLECKのラブロマンスにひたっている暇はなさそうです。そういうわけで今晩は娘と一緒にそのテレビドキュメンタリーを見ました。これは英国と米国の放送局が協力して製作したもので、元米国軍人、元日本軍人、当時のハワイ在住米国人、日系米国人など、幅広い人々のインタビューを交え、客観的に構成されていました。映画PEARL HARBORは盲目的な米国賛美につながるのではと英国の批評家を心配させていますが、これを通じて子どもたちが客観的かつ批評的にものを見る目を養ってくれたら、巨額の制作費も無駄ではないでしょう。


ロンドン通信 12                                                               01・06・14

                    カナダ発シェイクスピア肖像画論争にクールな反応

カナダ発で話題となっているシェイクスピアの新肖像画(ばーなむのコラム、関連記事をご参照下さい)について、英国ではTHE SUNDAY TIMES(高級紙)DAILY MAIL(タブロイドと呼ばれる大衆紙)など数紙が取り上げていますが、その扱い方はたいへんクールです。THE SUNDAY TIMESの場合、ニュースセクションの9ページ目でほぼ全面を使用して報道しているにもかかわらず、話題の新肖像画は掲載されていません。代わりに、本物とされているfirst folioの肖像画、ストラットフォードの墓にある胸像の2点が白黒写真で、さらにナショナルポートレートギャラリーにある肖像画と映画Shakespeare in Loveで主役を演じるジョセフ・ファインズの写真がカラーで掲載されています。本文で「あるタブロイド新聞日曜版は、英国における新肖像画の版権獲得に数万ポンドを散財」と皮肉っぽく述べているところからも、この新聞の新肖像画に対するスタンスが伺えます。

ナショナルポートレートギャラリー代表者Catherine MacLeodは次のように述べています。

「これが本物なら非常に重要なものといえますが、あごひげの生えた肖像画を見つけ、これはシェイクスピアだという人はあとを絶ちません。シェイクスピアの肖像画発見というのは、それだけで1つの業界を形成しているぐらいですから、このニュースにも非常に懐疑的にならざるを得ません。」シェイクスピアかもしれないという肖像画は、2年に1回ぐらいの割合で登場するそうです。

ストラットフォードにあるShakespeare Birthplace Trust会長Stanley Wellsも新肖像画には非常に懐疑的であるとし、その理由として次の3点を指摘しています。

・この肖像画は、本物と認められているシェイクスピアの姿(first folioの肖像画およびストラットフォードの墓にある胸像:どちらもシェイクスピア死後の作品であるが、家族や友人からその姿であると承認されている)とかけ離れている。

・絵に付いていたラベルにはシェイクスピアの生没年月日が記されているが、生年月日については現在でも確かでなく、当時も明らかでなかったはずで、はっきり記載されているのはおかしい。

・新肖像画の所有者は、この絵を描いたとされるJohn Sandersの名が当時の上演プログラムに役者として載っていると主張しているが、当時のプログラムに役者の名前を載せているものはなく、劇場関係でJohn Sandersという人物がいたという記録もない。

THE SUNDAY TIMESは社説でもこの新肖像画を取り上げ、最後をこのように結んでいます。

「絵の持ち主は…祖母がこの絵に全く心を動かされなかったため、ベッドの下に置きっぱなしにしていたと語っている。シェイクスピアもそれを是としたことであろう。彼曰く

False face must hide what the false heart doth know.


 


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