アリスとチェシャ猫との対話(86)

408 猫: 「存在の階層」の概念を理解していただくと、私は話がしやすくなります。有難うございました。ただし、いつも申し上げるように、ほんとうの「真実」はいかなる言葉によっても表現することはできません。「存在の階層」もひとつの比喩として、私たちのハートが真実へ近づくためのの手がかりになることができればよいと考えています。

 私が「物質世界は幻想である」というときは、「人間は幻想ではないのですよ」という言葉と対になっていると理解してください。私たちが「これが人間だ」と思っている肉体は幻想です。けれども、幻想というのはそれを見ている幻想でない存在があってはじめて意味を持つのです。その「幻想を見ている幻想でないもの」、それが本当の人間です。

 私は、存在の階層がたくさんあると考えていますので、物質世界の幻想を見ている存在がすぐに「神」であるとは考えていません。けれども、それはあまり本質的な問題ではありません。私たちにとって「いま必要なこと」は、物質世界の幻想からひとつ上の存在階層に目覚めることであって、その上にいくつ階層があろうと、いまは問題ではないからです。(この点もアリスさんと私の違うところであるように感じます。アリスさんは、いわば「神」という建物を横から見て、その全体像を得ようとされているように見えますが、私はいわばその建物の2階にいるので、3階に上がりたい、と考えているだけです。このように見るのは誤解でしょうか。)

 さて、いま私たちがとらわれている物質世界の幻想から目覚めるための方法について話せ、ということですが、そのような方法は無数にあります。アリスさんが参加された禅の修業もそのひとつだと思います。ここでは、アリスさんがあまり馴染んでおられないと思われる方面からアプローチしてみようと思います。

 アリスさんの心を「愛」で満たしてください。「愛」というのは物質世界の上の階層に存在する最も根源的普遍的なエネルギーですから、それによって私たちの「心=存在」を満たしていくと、私たちは自然に上の階層に目を覚まします。それは、私たちが夢を見ているときに、外界の音が耳に入ってくると自然に目が覚めるようなものです。

 けれども、「愛」というものについては、多くの誤解や無理解があります。これからしばらく「愛」というものについてお話をしてみたいと思います。

409 アリス: どうか「愛」についてのお話を始めてください。

<アリスさんは、いわば「神」という建物を横から見て、その全体像を得ようとされているように見えますが、・・・>については、ちょっと感じが違いますので、触れておきますと、この比喩で言えば、私は建物そのものであるという見方をしております。

再びこの問題が出る可能性がありますので、付記しておきます。

410 猫: 対話があまり長くなったので、以前にお話ししたことがあるかどうか、わからなくなってしまいました。繰り返しになるかも知れませんが、私が23歳の終わりごろに体験したある心内体験をお話しします。

 私は中学生になった頃からほぼ十年間、人間が生きていることの意味や価値がわからなくなり、絶望と虚無の中に沈んでいました。人に言うと、よくそんな状態で大学を出てきたなといわれますが、それは私の肉体と頭脳が勝手にやっていたことであって、その間、私のハートの方はまったく生きていなかった、というのが私の実感です。私は「毎日一回自殺を考えない奴は馬鹿だ(鈍感なんだ)。ほんとに死ぬ奴はもっと馬鹿だ」と心の中でつぶやきながら、毎日を送っていたのです。

 そんな状態で会社に入って一年半ほどすぎたある日のことです。私は独身寮に住んでいましたが、会社をひけた後、寮生たちはたいてい町に遊びに出てしまいます。私は同室の友人が出て行った後、することもなくぼうっとして畳に寝転がっていました。そのとき、突然、私は自分のからだの中に宇宙があるという幻を見たのです。私の腹の中あたりに真っ暗な広い広い空間があり、その中を太陽系が百科事典の挿絵のような姿で、しずしずと運行していました。それはほんの1秒にも満たない短い時間だったと思います。私は、思わずはねおきて「何だ、これは!」と叫んでいました。

 それから私はまた横になって、いま見た幻のことを思い浮かべ、それについて考え続けました。私の心にいくつかの思いが浮かんできました。主なものが三つあります。

ひとつは、宇宙というものがひとつの巨大な生命体であるという考えです。宇宙全体がひとつの生き物なのです。それは巨大な意識であり、私たち人間は、その巨大な意識の一部なのです。けれども、何かの理由で私たちと宇宙の意識とのつながりが遮断されているために、私たちは自分がひとりひとり孤立したばらばらの生き物だと感じているのです。

二つ目は、この巨大な意識体の中心にある強烈な生命のエネルギー・・・それが神なのだという考えです。私は、母がクリスチャンでしたので、キリスト教の知識はもっていましたが、そのころまで「神を信じるなどということは、心の弱いもののすることだ」と思っていました。けれども、このとき、私は神が実在であることをはっきりと直感したのです。それは抽象的な概念などではなく、存在するあらゆるものを支えている強烈な「存在エネルギー」なのです。多くの宗教が「人間の形をした神」のイメージなどを教えるのが間違っているのです。

三つ目が「愛」についての考えです。寝転がって幻について考えつづけていた私の心に、じわじわと、暖かくおだやかで切ないような気持ちが広がってきました。それは存在するありとあらゆるものに対する深い愛情でした。当時、私のいた寮は、社内教育施設の古い校舎を改造したもので、夜中に大きなムカデが布団の上にはいあがってくるようなひどいものだったのですが、そのムカデでも抱きしめてほおずりしてやりたいような気持ちが心の中に広がってきたのです。このとき、私は、「愛というものはジュースのようなものだ」と思いました。私たちは、普通「愛」を何かよいことを「する」ことだと考えています。けれども、ほんとうは、「愛」というのはギリシャ神話に出てくる神の酒ネクターのようなものであって、この神酒を飲んだときにはじめて、人間は「愛する」ということができるようになるのです。私はそれがからだの細胞にしみ込んで行き、細胞がしびれたようになるのを感じたのでした。

このとき感じた深い愛の気持ちは、それから三日ほどかけてゆっくりと消えていきました。私はまたもとの普通の人間に戻りましたが、それから私はさまざまな本を読みあさり、この問題の追求を続けてきたのでした。

いま私は、「愛」というのは一種のエネルギーにたとえるのが適当であろうと考えています。それは私の見た幻の宇宙の中心に存在する神のエネルギーと同じものであり、あらゆるものの存在を支えているただひとつのエネルギーなのです。

あくまでひとつの比喩ですが、エネルギーの密度が上がれば温度が高くなります。温度が上がると、氷が溶けて水になり、水が蒸発して気体になるように、「相変化」という現象が起ります。

私たち肉体の姿をとっている人間は、「愛のエネルギー」の密度が少ないためにいわば凍ってしまっているのです。愛エネルギーを増やしていくと温度が上がり、私たちはやがて液体になり、さらに温度が上がれば気体になります。もっと温度が上がればプラズマになります。

私たちの心を「愛」で満たせば、私たちは霊的な存在になるといったのは、このような意味です。「愛」という名のエネルギーによって私たちの存在が相変化を起こします。肉体は蒸発し、光のからだになります。もっと進めば、それも蒸発して見えなくなるでしょう。このようにして、存在の形が変わるほどに愛のエネルギー密度が変わっていくこと、それが霊性を獲得するということだと私は考えています。

411アリス: まとめてこのようにお話を聴くのは初めてです。それだけに、あらためて、猫さんの原点に触れる思いです。

しばらく、「愛のエネルギー」について猫さんの体験に即して話していただけませんか?

(猫さんほど深くはありませんが、これに似た体験があります。以前お話した「彼岸花は本当に存在するのだろうか?幻影ではなかろうか?」と思った大学1年のその前後は何となく元気がなく、虚無的な状態でしたが、そんなある日、医学の学会のポスターに「我らは生きんとする生命の取り囲まれた、生きんとする生命である。 ―シュバイッツアー」あるのに出会い、ハッとしました。ドイツ語で書いてあったのですが、不思議と読めたのです。今、原文を思い出そうとしても、浮かんできませんが、その言葉を呪文のように繰り返している内に、どん底から浮かび始めたという思い出があります。)

追記;シュバイッツアーの言葉はこうでした。

  Ich bin Leben, das leben will, inmitten von Leben, das leben will.大変口調の良い言葉です。

412 猫: 人は誰でも、どこかで「魂の闇」を経験し、その先の道を見出して行くもののようですね。

 「愛」についての話を続けます。

 私たちは普通「愛」を、「愛する」という動詞として理解しています。けれども、前回お話ししたように、私は「愛」は「一種のエネルギー」をさす名詞だと考えています。それは物質的あるいは物理的なエネルギーではありませんが、ちょうど熱エネルギーが人間の肉体におよぼすのと同じような効果を、人間の心に対しておよぼします。人間の心に愛エネルギーが入ると心の温度が上がります。愛エネルギーが不足すると心の温度が下がります。日本語でも英語でも「心の暖かい人」とか「心の冷たい人」という表現を使いますが、それは決して偶然ではないのだと思います。

心の温度が下がると、私たちは怖れや不安や疑いや自己不信に陥り、そのような感情に基づいた行動を取るようになります。心の温度が上がると、人は自信に満ち、寛容になり、人を信頼し、真実と誠意に基づいて行動することができるようになります。愛エネルギーが不足している人は怖れにとらわれるので、絶えず自分を防衛しようとして利己的な行動に走ります。愛エネルギーが満ち足りている人は自分を守る必要を感じません。したがってごく自然に利他的な行動を取るようになります。「行動としての愛」が現われるのはこのときです。

心の温度は目に見えません。そのため普通の道徳教育では、目に見える行動としての愛だけを捉え、ただ「愛の行い」をするようにと教えます。けれども、心に愛のエネルギーがない愛の行いはすべて偽善です。子供たちに「愛の行い」をしなさいと教えるのではなく、「愛の行い」をせずにはいられないような子供たち、愛エネルギーに満ちあふれた子供たちを育てるべきなのです。

そのためにはどうしたらいいのでしょうか。

愛エネルギーに満ちあふれた子供に育てるには、愛エネルギーをふんだんに与えることです。子供たちに愛エネルギーを与えるためには、大人たちが愛エネルギーのことを理解し、自分自身が愛エネルギーに満たされるように努力しなければなりません。人は自分にないものを人に与えることはできないからです。

では、大人たちはどこから愛エネルギーを手に入れたらよいのでしょうか、それは次回にお話しすることにしましょう。

413 アリス: お願いします。

414 猫: 愛エネルギーを手に入れる方法はむつかしくありません。むしろ問題はあまりにも簡単すぎて、そんなことで愛エネルギーを手に入れられると信じられないところにあるのです。

 静かに心を落ち着けて、ゆっくり呼吸しながら、意識を自分の胸の中心部に向けてください。人間のからだにはサンスクリット語でチャクラと呼ばれる霊的エネルギーのセンターが七つあるといわれますが、そのひとつが心臓の近くにあります。そこから愛のエネルギーが流れ出してくると「想像」してください。それは胸の中を満たし、からだ全体を満たし、からだの外へ流れ出し、全世界へと広がっていきます。ただそれを想像してください。

これを、毎日、何度も何度も繰り返してください。立っているときも座っているときも、歩いているときも電車にのっているときも、本を読んでいるときも人と話をしているときも、いつでもどこでも愛のエネルギーが自分のからだを満たし、世界に向かって流れ出て行くのを感じてください。やがてある日、突然、本当に胸の中が暖かくなり、世界を見る目が変わっているのに気がつく時がやってきます。

「ただ想像するだけ」ということに対して、私たちは不信感を持っています。想像は現実ではないと思っています。したがって、いまお話しした方法についても、それが何か現実的な効果をもたらすかどうか疑わしいと思われるかも知れません。これは考えてわかることではないと思います。根気よく実行してみる以外に証明の方法はありません。

私は、神(根源的存在)は純粋の意識であり、私たち人間も純粋の意識であり、したがって真実に存在するものは純粋の意識だけであると考えています。意識の世界では、想像することが現実なのです。私たちが経験することはすべて私たちの想像です。

けれども、私たちは「想像は現実ではない」と考えており、また実際に私たちが想像することに現実的な力があるようには思えません。

なぜ私たちの想像に力がないのでしょうか。

それは、私たちの心が壊れて、ばらばらになっているからです。私たちはあるひとつのことを考えようとしても、心の別の部分は違うことに注意を向けていたり、反対の考えを持っていたりします。

たとえば、300人ぐらいの人が集まって立食パーティをしているところを想像してください。誰かが立って挨拶をしています。けれども、真面目に聞いているのは前の方に立っている20人ぐらいの人たちだけで、残りの人たちはそれぞれ3人5人と集まって、自分勝手な話題をひそひそと、あるいはおおっぴらに、話し合っています。ホールの中はそのような私語の声が広がってわーんという雑音になっており、隣の人の話もよく聞き取れないほどになっています。

私たちの心の中はいつもこんな状態になっています。愛のエネルギーがからだを満たして流れ出て行くところを想像してくださいといいましたが、想像するときに、心の何パーセントがこの想像に参加するかが問題なのです。心のある部分が想像しているとき、すぐ隣には疑ったり、反対したりしている部分があります。もう少し向こうには、愛のエネルギーにはまったく関心がなく、ゴルフの話や、テレビドラマの話題に盛り上がっている部分があります。

禅を学ばれたアリスさんにはおわかりいいただけるかと思いますが、こんな話が伝えられていますね。ある禅の師について学んでいた弟子たちが、先生がちゃんと教えてくれないようなので、先生に不満を訴えました。ところが先生の方は、食事をしなさい、終ったら片付をしなさい、それが終ったら庭を掃きなさい、それが終ったら座禅をしなさい、といつもの言葉を繰り返すだけでちっとも教えてくれようとしません。弟子たちがかさねて先生に不満をぶつけると、先生はこう言いました。

「私は食事をするときには食事をする、庭を掃くときには庭を掃く、座禅をするときは座禅をする。しかし、お前たちは、食事のときに掃除のことを考え、掃除のときに座禅のことを考え、座禅をしているときには食事のことを考えている」。

私は、この教えは、いつも心の100パーセントをいま現在に集中しなさい、ということだと解釈しています。「集中」というと肩に力が入る感じですが、そうではなくて、心の全体がひとつになっている、ということなのです。

それができたら、愛のエネルギーだろうが何だろうが、想像力ひとつであらゆるものが制御できます。なぜなら、私たちが体験するのは自分の心以外には何もないからです。

415  アリス:極めて具体的にお教え下さって有難うございます。

<それが何か現実的な効果をもたらすかどうか疑わしいと思われるかも知れません。これは考えてわかることではないと思います。根気よく実行してみる以外に証明の方法はありません。>

実行してみましょう。そして、その結果をご報告しましょう。

前へ  次へ   目次へ