アリスとチェシャ猫との対話(82)

386 猫 エネルギーというものも正体がよくわからないものですね。言葉の語源からいえば「仕事をする能力」というくらいの意味ですが、それは何だときかれても、エネルギーという物質があるわけでもなし、さわることも見ることも出来ないので、説明のしようがありません。

 そこで、どういう場合に、どんなものがエネルギーと呼ばれるか、それが他のものとどのように関係するか、ということを見てみたいと思います。

 初等的な物理あるいは理科において、いちばん馴染み深いのは先ほどの運動エネルギーと位置のエネルギーです。

 エネルギーを説明する前に「仕事」という概念を説明します。仕事というのも、物理学では独特の意味をもっています。それはある力が作用して何かを動かした結果に関係しています。

 いま山道に大きな落石が転がっているとします。ハイキングコースの邪魔になるのでそれを道の端まで動かすことにします。大きな石を動かすには大きな力がいります。いまFという一定の力で引っ張って、その石を距離Sだけ動かしたとします。そのとき、

      WFS

を、その力がした「仕事」と呼びます。確かに「仕事をした」という感じですね。

 今度は、その石を高さhのがけの上に運び上げることにします。石の質量をmとすると、石は地球からm*gという力で引っ張られています。gというのは、地球の重力加速度といわれるもので、地球は地表にあるあらゆるものをこの重力加速度で引っ張っています。

 石を持ち上げるには、少なくとも

       f=m*g

という力で、hの距離を動かさなくてはなりません。このとき、石をがけの上に運び上げるために必要な仕事の量は

       w=f*h=m*g*h

となります。

 このとき、がけの上の石はm*g*hの大きさの位置エネルギーをもった、といいます。これは持ち上げるためにした仕事の量が石に蓄えられており、「何かの折には石がそれだけの仕事をすることが出来る」という意味です。確かに、何かのはずみで石ががけから転がり落ちたら、ちょうど下を通りかかっていた自動車をつぶすという仕事をするかも知れません。つまり「仕事をする能力」「仕事の貯金」というような意味を持っているのがエネルギーです。

 では、はじめの例のように、地面の上を水平に動かした石も位置のエネルギーをもつのでしょうか。この場合は、石はどこにも落ちていく余地がありませんから、位置のエネルギーはありません。では、動かすためにした仕事はどこに貯金されたのでしょうか。実は、それは石と地面との摩擦のために消費されてしまって、石には蓄えられていないのです。

 質量mの物体が、速度vで飛んでいるとき、その物体がもっている運動エネルギーをEとすると、前回お話したように、

     E=(1/2)*m*v↑2

と表わされます。これは、その物体が静止していた状態から速度vになるまで加速するために必要な仕事の量です。つまりこの場合は、加速するために加えた力がした仕事が物体に蓄えられているのです。そのために、飛んできた石は窓ガラスを割るという仕事をすることが出来るわけです。

 ここまでのところは、よろしいでしょうか。次回はエネルギー保存の法則についてお話しします。

 

387アリス わかります。その続きをお聞かせください。

388 猫 エネルギー保存の法則とは、自然界において何かの現象つまり変化が起ったとき、変化に関与したあらゆる物体のもつエネルギーの総和が変化の前と後で同一であるという法則です。

 これは先にお話した運動量保存の法則に似ています。けれども、運動量には速度の向きによって符号がつきますので、プラスとマイナスを足し合わせてゼロになってしまうことがあります。けれども、エネルギーは決してマイナスになりません。したがって、エネルギーが消滅するということはありません。

 ただ、エネルギーが消滅したように見えることはあります。この場合は、エネルギーが別の形のエネルギーに変わっているのです。エネルギーにはいろいろな形態があります。運動エネルギーや位置のエネルギーは力学的エネルギーと呼ばれますが、それ以外にも、電気的エネルギーや熱エネルギー、化学的エネルギーなどがあります。これらは、その姿かたちは千差万別ですが、エネルギーという点では共通であり、相互に移り変わることが出来ます。

 たとえば、発電所では燃料を燃やして蒸気をつくり、それで発電機を回して電気を起こし、それを各家庭や工場に送ります。燃焼とは燃料がもっている化学的エネルギーを熱エネルギーに変えることであり、タービンは熱エネルギーを力学的エネルギーに変え、発電機は力学的エネルギーを電気エネルギーに変えます。各家庭の電灯は電気エネルギーを光(電磁波)のエネルギーに変えます。このように、私たちの周辺では、絶えずエネルギーが形を変えて動いています。私たちが生きているのは、そのエネルギーのサイクルの片隅で、エネルギーのおこぼれをもらっているからです。私たちの肉体自身が一つのエネルギー変換器です。

(例1) 384で、正反対の方向から飛んできた二つの物体がぶつかる話をしました。これをもう一度取り上げます。

 質量mの二つの物体が、まったく同じ速さで正反対の方向から飛んできて、ぶつかり、ぐちゃっとひとつにくっついたとします。

二つの物体の運動量とエネルギーは次のとおりです。

          物体1         物体2          総和

運動量      m*v         −m*v         0

運動エネルギー (1/2)*m*v↑2 (1/2)*m*v↑2  m*v↑2

 二つがくっついた後は、運動量はゼロですから速度はゼロになり、質量2*mの静止物体となります。速度がゼロですから、この物体の運動エネルギーもゼロです。では、はじめに全体でm*v↑2だけあったエネルギーはどこに行ったのでしょうか。

 この場合は、運動エネルギーが熱エネルギーに変わります。したがって、ぶつかった後にできた物体は、少し温度が高くなっているはずです。

 野球のボールがぶつかったくらいでは、温度の上昇は感じられないほどかも知れません。けれども、運動エネルギーが熱エネルギーに変わる場面は、日常生活でも頻繁に現われます。たとえば、電車や自動車がブレーキをかけると、ブレーキシューと呼ばれる車輪を押さえる器具の温度が上昇します。これは電車や自動車がもっていた運動エネルギーが熱エネルギーに変わったことを示しています。

 これのもっと激しいのが、宇宙に飛び出していって帰ってくるスペースシャトルです。先日事故がありましたが、スペースシャトルは猛烈なスピードで地球の大気の中に飛び込んできます。空気がシャトルの前に立ちふさがってシャトルにブレーキをかけます。その結果、シャトルのスピードは次第に下がってきますが、スピードが下がった分だけシャトルの持っていた運動エネルギ―が少なくなります。その分のエネルギーが熱に変わり、シャトルの前にある空気が熱せられてものすごい高温になります。先日の事故では、この高温の空気がシャトルの外壁のわずかな傷から侵入して、シャトルそのものを破壊してしまったのでした。

 これがエネルギー保存の法則です。エネルギーがさまざまな形に変わりながら、全体としてのエネルギーを一定に保っているということに注目しておいてください。

 次回から、いよいよ相対性理論の話に入りますが、ここで物理量の次元(ディメンション)と呼ばれるものを説明しておきます。話の筋に直接関係するわけではありませんが、これを知っているとすこし話になじみ易くなれると思います。

 次元という言葉は、二次元空間とか三次元空間というときの言葉と同じですが(英語でもそうなっています)、ここでいう次元は空間の次元とはまったく関係がありません。これはさまざまな物理量が、物質世界の基本的な量からどのように構成されているかを示すものです。

 基本的な量というのは、質量(M)、長さ(L)、時間(T)を言います。

 たとえば、面積は長さの二乗(L↑2)の次元を持ち、速さは動いた距離を時間で割ったものですから長さわる時間(LT)の次元を持っています。

 次元というようなものを考えることの利点は、その量の数値の大小や単位などに惑わされずに、その量の物理的な性格だけを見ることが出来るところにあります。もし、等号で結ばれた左辺と右辺の次元が違っていたら、その式は間違っていることが一目で明らかになります。それどころか、次元解析といって、いくつかの物理量の次元を眺めるだけで、それらの間にどんな関係があるか想像がつく場合さえあるのです。

 これまでに出てきた物理量の次元を見てみましょう。

    ◇質量     M

    ◇速度     L/T

    ◇加速度    LT↑2

加速度は速度の変化率です。したがって、t秒間に電車の速度がv1からv2まで変化したとすると、この電車の加速度aは

      a=(v2−v1)/t

で表わされます。これで、加速度の次元が速度の次元をさらに時間で割ったものになっている理由がおわかりいただけると思います。

    ◇力      MLT↑2

 変な次元だと思われるかも知れませんが、力は加速度と質量を掛け合わせた次元をもっています。これは、質量mの物体に力fを加えた時の物体の加速度aが

        m*a=f

という式になるからです。この式をニュートンの運動方程式といいます。

    ◇仕事     ML↑2/T↑2

 「仕事」は、ある力を加えてものを動かしたとき、その力と動いた距離の積で定義されました。したがって、仕事の次元は力の次元と長さの次元を掛け合わせたもので、

    MLT↑2 * L = ML↑2/T↑2

となります。エネルギーは貯金された仕事ですから、仕事と同じ次元をもっています。

 仕事(エネルギー)の次元を見ると、

  ML↑2/T↑2=(MLL)/(T*T)=M*(L/T)*(L/T)

と書き直すことができ、一番右の式を見れば、これが 質量×速度の二乗 という次元を持っていることがわかります。

 つまり、位置エネルギーは 質量×重力加速度×高さ(長さ) という式で計算され、運動エネルギーは 質量×速度の二乗 という式で計算されますが、次元という目で見ればどちらも同じであるということがわかります。

 つまり質量に速度の二乗をかけたものは、物理量の分類としては、エネルギーであるということになります。これがアインシュタインのE=m*c↑2という式が成立する一つの根拠でもあるわけです。

 

389アリス ここまでのところ、分かりました。若い頃習った記憶が少し蘇って来ました。

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