アリスとチェシャ猫との対話(5)
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36猫: たいへん巧妙なお答えに、ソクラテスも顔色なし、といったところですが、もう少し続けましょう。
夢を考えてください。たとえば、私は弟と喧嘩をする夢を見たことがあります。喧嘩のとばっちりを受けて妹の大切なものがこわれ、母がたいへん悲しみました。私は、この人たちと離れようと決心して家出をしました。

 夢を見ている間は、私、母、弟、妹が、みんなありありと存在していましたが、夢が覚めてみればご承知のとおりです。 
 いったい、夢の中の世界は存在するのでしょうか、しないのでしょうか。
 これは、論理の遊びではありません。私たちが、「存在」という言葉をどのように意識して使っているかという問題です。多分、ひとによっても理解のしかたが違うと思います。アリスさんはいかがでしょうか。


37 アリス:夢は確かに存在しますが、夢の中の世界は私たちが現実世界で「存在」と言っているとはちょっと違うような気がしいます。しかし、荘周胡蝶の夢ではありませんが、夢と現実とをひっくり返してみても、どちらが確か、わかりません。前にもいいましたが、大学以来何事についても「存在」を立証する方法は私には見つかりません。

38 猫: 同種の質問をもうひとつ。
 電光ニュースの文字は存在するのでしょうか。しないのでしょうか。
 私たちは、電光ニュースの文字が小さな光の点の集まりであることを知っています。それにも関らず、私たちはそれを文字として読み取ります。
 このとき「その文字を知っている」というのが、読み取りが行なわれるための必条件です。もし、そこに自分が知らないアラビア文字か、ヘブライ文字が書かれていたら、文字かもしれないという推測はできたとしても、本当に文字なのかどうかは断定できません。


39 アリス:これは「存在」と「存在のあり方」と「存在のあり方の意味するもの」と「意味するものをどう受け止めるか」の問題を含むと思います。存在と情報を同じ次元で論じるのは、なんだか無理のような気がしますが・・・

40 猫: 私の娘は幼いとき、私が字を書いて読むのを見ていて何を思ったか、自分で鉛筆とるとぐちゃぐちゃと書きなぐって「読んで!」といいました。私は一瞬虚をつかれましたが、適当に意味のないことをしゃべってやると、娘は満足して喜んでいました。けれども、私は、この幼い娘の行動の中に、文字というものの真実が現れていと感じたのです。文字は、知らないものにとっては、意味のないごちゃごちゃの線に過ぎません。その文字の約束事を知っているものだけに文字は存在するのです。
 さて、文字は、外界に存在するのでしょうか、それとも私たちの精神の内界に存在するのでしょうか。

41 アリス:文字は外界にも存在し、精神に内在するもので、どちらか一方では存在しないと思います。

42 猫: アリスさんは、時間や空間は概念であって作るようなものではない、といわれました。これはものすごいことを言われていると思います。もし意識されずにいわれたとしたら、知らずに虎の尻尾を踏んだ・・・どころか、虎の鼻づらを蹴飛ばしたようなものです。
 もし、時間や空間が概念であるなら、物質も概念ではないでしょうか。もしそうでないとしたら、時間や空間と物質の本質的な違いはどこにあるのでしょうか。


43 アリス: これは論理的に大きな飛躍があります。いずれも概念ですが、猫さんの議論は、たとえば、人間は生き物である。花も生き物である。したがって、人間も花も同じものである。という推論と同じ誤りへと導きます。3者が本質的に同じものかどうかわかりませんが、いずれも、思惟されたものであると思います。


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