アリスとチェシャ猫との対話(18)

72 猫: アリスさんの得意の質問が始まりましたね。これでなくては話がはずみません。
 さて、「点滅している何かは存在すると考えるのですね。」というご質問ですが、これはたいへん難しい質です。それは、「存在」という言葉が定義されていないからです。私たちはふだん「存在」という言葉を無意識のうちに自明のものとして使っいます。デカルトも「存在」を自明のものとして扱いました。アリスさんはどうでしょうか。
 けれども、「存在」について難しい議論をはじめる前に、アリスさんの最後の言葉に対する解答を申しあげましょう。お気の毒ですが、ハードウェアはどこにも存在しません。これが私の答えです。

 さて、これで少しゆっくりと「存在」についてお話する時間が取れそうです。
 私が以前に存在という言葉の「使いかた」についていくつかの質問をしたのを覚えておられるでしょうか。電光ニュースの文字は存在しているか、夢の登場人物は存在しているか、等々。そのような質問をした理由は、私たちが「存在」という言葉を無定義のままで、不用意に使っているために、いろいろな考えが整理できて行かないのだと思うからです。
 けれども私は「存在とは何か」を定義できるとは思っていません。存在を定義するための言葉は、私たち人間の言葉の中には存在しないのです。それは「存在」が理性の論理の出発点だからです。
 「存在」を定義することはできませんが、整理することはできます。無定義の「存在」にもいくつかの種類があり、私たちはその違いを理解することができるはずです。
 まず、二つの言葉を区別して使いたいと思います。その言葉のひとつは、「実在 reality」という言葉です。これは「本当に存在するもの」という意味です。もう一つは「疑似実在 virtual reality 」で、略して「疑在」というのはどうでしょうか。これは「実在ではないけれども、私たちが存在すると感じたり、考えたりするもののすべて」を意味します。

 このように定義すると、「実在」は I AM だけです。それは神であり、同時に私たちの「自分を自分として認識する働き」を示します。聖書には「神が自分に似せて人間をつくった」という言葉が出てきます。これは比喩としての神話に過ぎませんが、本質を突いています。人間の本質は自分を認識するということにあるのです。神の本質も自分を認識するということにあります。そして人間の存在は神が自分を認識するプロセスそのものなのです。けれども、これについては又いつか戻ってくることにしましょう。
 対話60で、「認識する私は実在ですが、認識された私は観念に過ぎません」ということを言いました。不思議の国のアリスが叫んだように、認識する私 myself は、認識された私 I ではありません。そして、認識する私は永遠に認識する私であって、決して認識された私にはならないのです。

 実在以外の存在はすべて疑在です。疑在には実体がありません。認識された姿だけがあるのです。たとえば、物質は疑在の一種です。それは素粒子の描くパターンに過ぎませんが、私たちはそれを見て、物質あるいは物体がそこにあると思います。それは電光ニュースの文字を読み取るのと同じ仕組みです。
 このようにみるとたくさんの疑在の中に階層構造があることがわかります。電光ニュースの文字は物質あるいは物体のパターンの上に作られます。物質あるいは物体は素粒子のパターンの上に作られます。素粒子は実験計測の結果のパターンの上に作られます。

 そこで、アリスさんの最初の質問に戻ります。「点滅するもの」は疑在の一種です。それは素粒子のレベルかもしれないし、あるいはもう少し下のレベルのクォークとか、最新の理論では超弦 superstring にとった方がよいのかも知れません。それは階層構造をどう解釈するかによると思います。

73 アリス:『ハードウェアはどこにも存在しません。これが私の答えです。』と最初に回答をいただいて嬉しいです。不思議の国の裁判では、王様は陪審員に証人調べに入る前に「評決にはいれ!」と命ます。私も若干、その影響を受けたのかも知れません。
しかし、『私は「存在とは何か」を定義できるとは思っていません。存在を定義すための言葉は、私たち人間の言葉の中には存在しないのです。それは「存在」がの論理の出発点だからです。』というお説から言えば、「ハードウエアが存在するのか、しないのかはなんともいえない」ということになりませんか?存在を仮に実在と擬在とに分け、ハードウエアを擬在として、実体のないものとする考えは仏教に近いですね。(諸行無常、諸法無我)
「存在」を科学者が定義しているのかも知りたい所ですが、猫さんの論法でお話をお進めください。何とか付いて行きますので・・・

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