アリスとチェシャ猫との対話(17)

        70      猫: 素粒子がいかに「物質でないか」という話を続けます。
 日本の物理学者で最も有名な人といったら、やはり湯川秀樹ではないでしょうか。その湯川さんが1966年に素領域理論という理論を提唱したということが伝えられています(ブルーバックス、高野義郎著、物理学の再発見II)。
 この理論は時間空間を小さな箱に分割し、そこに一定のエネルギーが入って点灯した状態が素粒子であると考えるのです。エネルギーが入っていない状態は真空です。点灯状態が次々に移って行けば素粒子が運動したと見えます。
 その後あまり話題にならなかったところを見ると、理論としてはあまり成功しなかったのかも知れませんが、このようなものを一流の物理学者が考えるほど、素粒子というのは電光ニュースに近い性質を持っているのだと思われます。

 最後に、私が最高の極めつけの理論だと考えているのが、ベルの定理です。これは、1964年にイギリスのジョン・スチュアート・ベルという人が証明した定理です。
それは、一言で言えば、「量子現象の実験事実が正しいとすれば、量子同士の間に時間空間に制約されない結びつきが存在しなければならない。」 というものです。量(quantum)というのは、さまざまな素粒子を総称していう言葉で、特に通常の物質と違う性質に注目して名付けられています。
 この定理は、物理学者たちからは「嫌悪をもって迎えられた」といわれます(既出、量子と実在)。物理学者たちは「時間空間に制約されない結びつき」というのが嫌いのです。アインシュタインの相対性理論いらい、この宇宙には「光速より早いものは何もない」ということになっています。もし、光速より早いものが存在すると、あらゆる物理現象の因果関係が破られることになるのです。
 もし、量子同士の結びつきが光速より早いとしても、ある有限の速度を持っているのであれば、まだ救いようがあったかも知れません。けれども、ベルの定理は「量子同士の結びつきの速さは無限である」といいます。時間を必要としないのです。別の言い方をすれば、地球の上にある一つの粒子と、百億光年のかなたにある別の粒子が「同じものである」こともあり得ると言うことです。
 物理学者にとっては悪夢のような定理でした。けれども、その後の研究によって、ベルの定理が真実であるということと同時に、ベルの定理は因果律を破壊するものではない、ということがわかってきました。むしろ、この無限の速度による量子同士の結びつきが、量子から上のレベル、つまり通常の物質粒子のレベルの物理現象の因果関係を支えているのです。

 いま私は、物質宇宙をゲームマシンの画面のようなものだと考えています。画面は無数の光の点からできており、その光の点のある一定のパターンの塊が、ある物質的な存在として認識されます。物質同士の間には、さまざまな力が働き、運動や衝突や結合や変質の法則があるように見えます。実際それらの法則によって、物質と呼ばれる光点パターンの将来を予測するなら、そのとおりの変化が起こるでしょう。
 けれども、実はそれらの物体の間に実際に力が働くわけではなく、それらは画面の背後に隠されているソフトウェアによって計算され、そういう力が働いているかのように動かされているのです。ソフトウェアは、ある時点の光点の配置全体を読み取って次の時間における画面を計算して表示します。その間にどれほど膨大な量の計算がなされたとしても、それは画面の中の時間には反映されません。次に計算された画面を、先の画面の 1兆分の11兆分の1のさらに1億分の1 秒後の姿であると定義すればよいだけです。このようにして、全宇宙の膨大な量の素粒子の状態が計算されて表されて行きます。そのための「計算機」がどれほど途方もない大きさのものに見えるとしても、驚くにはあたらないと思います。ゲームマシンの画面の中の人物にとっては、画面を計算する計算機は「存在しない」のです。もし仮にその存在に気づいたとしたら、ゲーム機の中に隠された小さなチップでさえも、途方もない大きさに見えるでしょう。何しろ、自分たちの住む全宇宙の姿を計算するのですから。
 私たちは、物質宇宙というゲーム機の画面の中の存在です。そして、ベルの定理というのは、この画面の中の存在が、自分たちの宇宙を計算しているソフトウェアの存在に気づいたようなものです。これが、私がベルの定理を特別なものだと考える理由なのです。

 ここまでお話すれば、賢いアリスさんにはもうおわかりでしょう。このゲーム機が、対話50でお話した意識の中のなのです。

   71 アリス: 何かが点滅しており、それを我々はあたかもそこに何かがあるかのように思っている。点滅にはあるルールまたはプログラムが働いている。と考えるわけですね。くどいようですが、点滅する何かは存在すると考えるのですね。それを素粒子というのでしょうか?
ソフトウエアの前に、ハードウエアの問題を先にクリアーにしておきたいのですが・

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