アリスとチェシャ猫との対話(14)

64 猫: すっきりしたといわれるのは嬉しいですが、あくまでも、これは一つのたとえ話ですから、あまり細部までつじつまを合わせようとすると返ってぼろが出てきます。適当に切り上げましょう。
 本来「十全」であるはずのものが、なぜ、わざわざ役割を作り出して何かを経験しなければならないのか、また、なぜ自分が望まない経験を選ぶのか、ということについて、いきなりそこへ入っていくとあまりにも対話が直線的になりすぎますので、もう少し後で戻ってくることにしましょう。此処では、一つだけ申しあげておきます。それは「私たちは自分(これは myself です)で経験することを選んだけれども、それを忘れてしまっていて、何か別の力に翻弄されてさまざまな経験を『させられている』と考えている。」ということです。

 さて、すこし話題を方向転換したいと思います。以前に私が「物質も概念ではないか。」といったことがあります。アップロードされた番号では対話(5)です。そのとき、アリスさんの反応は、同じ概念でも、空間や時間と物質は同じではない、ということでした。そのことについて,もう少し詳しくとりあげたいと思います。 この話の直前に電光ニュースの例を取り上げました。電光ニュースは、通常の意味で「実際に存在している」のは、光っている電球と光っていない電球の列です。そして私たちは、光っている電球の配置、パターンを見て、そこに文字を読み取ります。光っている電球が消えて隣の電球がつくと、私たちは「光が隣へ移動した。」と考え(感じ?)ます。アリスさんは、このことを見て、「光が隣へ移動する」という現象は実在だと思いますか。それとも私たちの意識がありもしないものを認識していると思われますか。

 私は、このことについて面白い経験があります。私が神戸に住んでいた頃、毎朝会社の迎えの車にのって須磨のあたりで電車の踏切を通過しました。朝の通勤時間は電車の本数も多いので、いつもこの踏切で待たされます。しかも右から来て、左から来て、また右から来て、というように何本も続けて通過するので、10分ちかく待たされることもしばしばでした。
 この踏切には警報灯がついていました。チンチンと音を立てながら二つの赤いランプが交互に点灯する、どこの踏切にもあるものですが、それがなんと4組ついていたのです。踏み切りの左側に3組、右側に1組、合計8個の赤いランプがいっせいに点滅します。多分、事故が起こるたびに警報機を増やしたのではないかと想像していましたが、車の中からこのたくさんの赤いランプが点滅するのを見ているうちに、私はあることに気がつきました。赤いランプが左右交互につくのが、まるで赤いランプが左右に行ったり来たりするように見えるのです。
 ちょうどその頃、私は人工知能の研究の一部として、人間の視覚の研究をしていたときですので、たいへん興味をそそられました。そして、ある実験をしました。説明の便宜のために赤いランプに名前をつけることにします。4組の警報機をABCDとし、AのランプをA1A2BのランプをB1B2などとします。すべての警報機は同じ周期で作動しているので、ある瞬間にA1B1C1D1がいっせいに点灯し、次のサイクルでA2B2C2D2がいっせいに点灯します。見ていると、A1←→A2B1←→B2というようにそれぞれのランプのペア同士のあいだで、赤いランプが行ったり来たりするように見えます。
 実験というのは次のようなものです。いま目の前に指をかざしてランプの一部が見えないようにします。たとば、A2B1を隠してやります。すると、光はA1B2の間を行ったり来たりするように見えるのです。いろいろな隠し方を実験して、次のようなことがわかりました。たくさんのランプが見えているときには、光は一番近いペア
の間を行き来するように見えます。一番近いものを隠すと次に近いランプとの間を行き来するように見えます。けれども、踏切の左のランプと右のランプをペアにしても、光が行き来するようには見えません。離れすぎているとだめなようです。
 このようなことから、人間の目というのは、ある条件が満たされると、独立に起こっている現象を一つにまとめて、一つのものが動いたり変化したりしていると捉える働きがある、ということがわかります。電光ニュースなどは、そのような眼の特性を積極的に利用した道具といえます。このような状況を指して、私は「電光ニュースの文字は人間の意識の中にしか存在しない」というのです。外界にあるのは、ただついたり消えたりしている電球の集まりに過ぎません。

 そして、私は人間が物質あるいは物体を認識するのも同様だと考えています。物質も概念だというのはそういう意味です。それについては次回以降にさらに説明することとしますが、此処までの論旨のすすめかたはアリスさんの眼からみて如何でしょうか。

65 アリス:人間が物質あるいは物体を認識するのは電光掲示板の文字を認識するようなものという展開は良く分かります。外界に付いたり消えたりする電球のようなものがあるということが前提となると思いますが・・・
どうか、先へお話をすすめてください。


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