連句―捨てられた句

初折表
発句 縄文の遥か香や蕗のとう
老妻の茶に染む髪や世紀越ゆ
茶髪多き澁谷新宿世紀越す
熱燗の徳利を友に世紀越ゆ
春眠や起きねばならぬ用もなし
なにわよりネットで届く梅だより   ◎
蝋梅の香伝えんとeメール
余間
地引網より鯛躍り出で        ◎
峠を超えて桜木町まで
街に慣れたる鶯も居て
日の丸弁当孫に持たせて
咲耶木華(さくやこのはな)歌舞のたけなわ
先祖は渡来か漢詩が好きで
真砂男
三句 しみじみと潮汁吸う春の宵
無職にて華やぐ友の春衣
子ら走り鳥舞い磯の風光る
異国にてイチローも踏む春の土   ◎
四句 風爽やかに少女縄跳び        ◎
スタイリストの画帳重くて
踊るマハラジャ宴(うたげ)果てなく
港神戸に美味いものあり
かもめの一家がフェリーを追って
大技小技の海豚に歓声
黄沙席捲円安気味にて
五句
月の定座
笑ふ眼に面影残す月の客
鞦韆のかすかな揺れや望の月
噴水の音も静まる十三夜    ◎
帰る子を犬と迎える月の道
待ちわびて窓を見やれば赤い月
折端 初嵐来て パンの焦げたる
ギター爪弾く 路地の夜長に
微動だにせぬ 風鈴のあり
管弦(かげん)に浮かれる 菊人形もあり
時雨を急ぐ 傘の彩(いろどり)
瀬音かそけく 初紅葉して
旅雁に想う 故郷の顔            ◎
ウラ
折立
       蘇武の故事を思って3句
節曲げず又落葉見るバイカル湖
羊とともに時雨聞き入る北の海

方便も通るこの世や柿紅葉        ◎
いも畑もすすき野原やハイウエイ 
カーナビで訪ねる里の蓼の花
二句 グルメの穴場をネットで探して
真紅の衣装でフラメンコ舞う    ◎
孤客うたた寝 赤提灯にて
薪を求めて けもの道行く
渋茶飲み飲み 小言くりごと
諸手を挙げて 孫走り来る
三句 いつまでも師匠は厳し花扇
投げキスを大きく返すマタドール   ◎
いくつもの恋を重ねし二重あご
孫と花両手に抱いてポーズとる
狂ふこともあれや夏衣(なつぎぬ)舞扇
四句 瞋恚の焔(ほむら)を微笑(えみ)の裏にて
四十路過ぎてもタイツが似合って
タイツ姿で媚を仕掛けて
二枚目気取りが憎いが好きで
恋の技にも緩急のあり           ◎
牛鍋挟んで恋の始まり
五句 iモードで細かく刻むラブコール       ◎
やがて淵となる谷川の七つ滝
心の鍵盤確かめるがごと ショパン弾く 
技におぼれかかる悲しさトンボ釣り
夏衣 祭囃子に身を委ね
六句

夢うつつにも 時報数えて
吸血蝙蝠 時計台より
メル友やがて酒友となりて
宅急便にて早もぎの梨      ◎
蕎麦打ちながら 脾肉嘆じて
朱も鮮やかに蔵書印押す
千六本の味噌汁懐かし

七句 竹篭に伊那の谷風薫なり            ◎
礼状は妻に書かせて夏安居
到来はまず孫の口己が口
待つ心次第に失せし法師蝉
命伸ぶ手立ても多し万歩計
八句月
月の定座
利鎌の月を御嶽頂く
木曾の辺りに半月浮かんで
月が送りし風鈴の音
天竜下れば残月揺れて         ◎
千畳敷にも月光遍し
月夜の子守りは勘太郎節にて
ソースカツレツ食えば月出て
九句
涼しやな竿一本で世を渡る
早瀬越すうれしき声に青嵐
青嵐美人を乗せて早瀬越す
鮎に飽き籐の枕や浅き夢        ◎
酔眼に美人ぞろいや相の客
女ばかり旅するこの頃鵜飼舟
十句 邯鄲の里 栄華一瞬
森の香りを木霊が運び          ◎
(鮎は香魚とも申しますので)
速き魚影は故郷のもの
浮世をすねて昼から大酔い
孫の手離れて泥鰌は逃げる
目覚めてみれば陋屋老妻
目覚時計がときに恨めし
十一句
花の定座
花散るや木こりの含む昼の酒     ◎
人知れず日暮れ寂しき山桜 
ログハウス人より先に花吹雪
梅だけが守る峠の無人茶屋
声大きラジオ終日梅の里
ヤッフォーに飽きぬ子らに花嵐
折端 いたるところに芽吹くものあり
春の宴に猩々を舞う          ◎
春宵一刻李白を誦さん
駒もいななき春は爛漫
蝶浮かれくる尾根の杣道
狼藉するは俄かの春雨
ナオ
折立
初つばめ定宿にての祝い膳
ワキ僧の如く動かず蟇蛙       ◎
啓蟄やいささか老いし足拍子
ものの芽のいま芽吹かんと力ため
裏声で「はるみ」を真似る謝肉祭
マロニエの花こぼるるにリズムあり
チューリップ皆長身の鼓笛隊
ナオ
二句
時には笑う面(つら)面白き
大蕗茂る富士の山すそ
犬に吠えられ頭掻くなり
ものは言わぬにいつも重鎮
隣部屋より琴の音して         ◎
たまに聞ゆる鹿威しの音
三句 塔暮れてリズム鎮まる多島海
各々の窓に草花 童(わらべ)声
堂古び聖歌に眠る子のありて
鬚の濃き辻音楽師犬を友
テロの報二棟のビルは幻に
五七五のリズム掴めぬ夢の中     ◎
煩悩を断ち切る如く爪を切る
弾かるる玉の行方も運命(さだめ)なる
四句
苦吟の末の返句字余り
いまだ辞世の出来ぬ忠度        ◎
旅に果つるも命なるらん
枯野行くのは桃青なるらん
やっと得し句を思い出しかね
アドリブ下手な村の楽団
五句 夕時雨定家の想い塚にこめ
もどかしき想いの別れ冬の宿
置炬燵これが最後と口説かれて    ◎
言い出せぬ恋を秘めつつ雪催
毛糸編む別離の予感胸に秘め
逢引に旅立つ列車冬銀河
芋焼いて甘きを選びまず君に
六句 布団重たき陸奥の宿
炭団火二つ燃え尽きる朝
別れ話は元の木阿弥
新内流しも通り過ぎたり
老妓のバチの捌き鮮やか
秘蔵の古酒を惜しみつつ出す
箪笥の底より古き株券
それに答えず渋茶注ぐなり       ◎
横に並べた銚子3本
行灯(あんどん)暗き大原の宿
七句 一人旅熱き思いの i メール
さりげなく伽羅焚きしめて人を待つ
帯解けば伽羅の香りの生まれたり
ふと触れし指の熱さにときめきて
お手前の間髪視線絡み合い
羊羹を口移しして眼で語り
薫れるは夜のしじまの柔き肌
睦言も瀬音にまじる鄙の宿
踊り子の腰のくびれや伽羅香る
薫るものありて気配の艶かし
湯浴みして久しき人を待ち居たり      ◎
ろうたけて(注)袱紗捌きの確かなる
観世水掬ひし指の白きこと
八句 瀬音激しき山の隠れ家        ◎
虫の音繁し山の隠れ家
品数ばかり多き安宿
濡れ縁から見る満天の星
腹ばって繰る古い宿帳
テロ来ぬ里の赤き夕暮れ
念入りに差す薄い口紅
九句 友人(ともびと)はその地にありてテロの報
癇癪の虫が蠢く世相にて
琴の音のときに昂ぶる野点席
潮騒を運び来りて朝の市
ひとしきり大立ち回り忍者村        ◎
旅立ちにジェームスボンドの好きな酒
和気充ちてアンチ巨人と告げ難く
孫の脚見よう見真似で足拍子
十句 いつもの振りで見事一殺 
笑い顔にて泣く子をあやす
若いガイドの白き襟足
去り行くバスに老婆手をふり
伊賀の狸のだらりのふぐり       ◎
地酒のみのみ山菜そば食う     
いずこにおわすやビンラディン
名物の団子のたれの黒光り
十一句月 月光の遍く充ちてつるし柿
水月の魚影に揺れて山深し
ゴンドラの揺れながら来る月の橋
棹さして姥と翁の望の月
月光に月時計となるオベリスク
母の忌の月見の肴いなり寿司    ◎
残月をたちまち隠す狐雨
月落ちて祭太鼓も捨ておかれ
十二句 面影映す薄紅しょうが
徳利の山水藍流れいて
漆の剥げし盆の懐かし      ◎
話も尽きて虫の音を聞く
下戸の大叔父早や高いびき
嫁の注がれて妻に睨まる
ナウ
折立
銀河には別れを惜しむ星二つ
銀漢は丸き宇宙を結びおり
秋冷えて社の鏡厳かに
台風圏なれど時打つ時計塔
人絶えて冷ゆる円形闘技場
朝寒し翁の面のまだらなる    ◎
落剥の痩せ浪人に秋の風
二句 顔も洗わず早や絵筆執る      ◎
近目の画家の筆おぼつかな
ひげをしごきつ朝酒を飲む
しみ多く出て父の歳越ゆ
衣食住足りて孤独死増える世
うすぼこり置く主無きパレット
三句 外つ国へ韋駄天走り何故走る
三度目の見舞い状はや返書なく
君去りぬペンのインクの乾かぬに
蘇る急ぎて逝きし君の声
いまは亡きあの舞の手を残像に    ◎
四句 かざす扇に松風うけて
松としきかば今帰りこむ
見知らぬ街で飲む昼の酒
モノクロ映画の雨しきり降る       ◎
父親譲りの太指うらみて
一人娘の嫁ぐ日間近か
箸の使いものどかな夕べ
面影伝う口覆う癖  
五句
花の定座
ほろ酔いの傘に寄り添う花の宴
差しかける傘に吹き入る花吹雪
老いてなお花笠音頭達者なり
懐メロの音流れ来る花疲れ
夜桜にとちりがちなる村芝居
花散って大見得を切る村芝居     ◎
花道に花さんさんと大歌舞伎
踏み迷う落花の道を老夫婦
散る花にリズムのありて祝い膳
挙句 牛も一声春たけてゆく          ◎
役者と杯を交わす春宵
山もと霞む里の夕暮れ
孫の手を持ち拍手喝采
かつらを取れば唯の人なり
乳やる胸に春風しのぶ
裸足の孫が春風を追う
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