<フィールド1>不思議の国より不思議な国のアリス    
12−2 公爵夫人の子守唄 Duchess' Lullaby

 子守歌と言えば、あなたはどんな唄を思い浮かべますか?「ねんねんころりよ、おころりよ・・・」の江戸の子守歌、「ねんねこしゃっしり、まーせ」の中国地方の子守唄、それとも「シューベルトの子守歌」や「モーツアルトの子守歌」かも知れません。

自分に歌ってもらった子守唄を覚えている人はまずいないと思いますが、少し大きくなって聞き覚えた子守唄はどれも心にやさしく響きます。最近のお母さんは子守唄を歌っているのでしょうか気になる所です。(注1)
私は、どこか哀調を帯びた古い日本の子守歌より、明るい「ゆりかごの唄 」が好きです。

1.ゆりかごの唄を カナリヤがうたうよ
 ねんねこねんねこ ねんねこよ

2.ゆりかごの上に びわの実がゆれるよ
 ねんねこねんねこ ねんねこよ

3.ゆりかごのつなを きねずみがゆするよ
 ねんねこねんねこ ねんねこよ

4.ゆりかごの夢に 黄色い月がかかるよ
 ねんねこねんねこ ねんねこよ

1921(大正10)年、北原白秋作詞、草川信作曲です。草川信(1893〜1948)は「汽車ポッポ」「夕焼けこやけ」などの作品を残しています。

明治、大正の詩人が英国の詩やナーサーリー・ライムに大きく影響を受けているのは周知のことですが、 ゆりかごの唄の最後の節は次の歌を踏まえているのかもしれません。

Baby's bed'd a silver moon,

sailing o'er the sky;

Sailing o'er a sea of sleep,

while stars float slowly by.
ゆりかごは

空行く銀の月さま

眠りの海を渡ります

お星さまも一緒です

Sail, baby, sail,

Far across the sea.

Only don't forget to come

back again to me.

行け、行け、坊や

海はるばると

私のことを忘れずに

必ず戻ってきておくれ

私がこの歌を知ったのはメトロホリタン美術館編 Lullabies: An Illustrated Songbookで、同館の所蔵品をふんだんに挿絵に使った美しい本です。子供をいとおしみ、安らかに眠ることを願うやさしいお母さんのイメージがよく出た子守唄です。作詞、作曲とも作者が不明で、オピーの辞書には出ていませんが、かなり古いものではないかと思われます。(注2)

楽譜を友人の古市さんにお願いして音を付けてもらいました。これを聞いてください。(注3)

話の前置きが少し長くなってしまいましたが、アリスの入った部屋は、料理女が手当たり次第に物を投げているやら、胡椒は部屋に充満しているやらで、それは大変な部屋です。公爵夫人は赤ん坊をあやして、子守唄のようなものを歌いながら、一節ずつ乱暴にゆすぶります。こんな風です。

Speak roughly to your little boy,

And beat him when he sneezes:

He only does it to annoy,

Because he knows it teases.'
お前のチビをどやしてやれ

くしゃみをしたらぶっ叩け

嫌がらせとは知りながら

わざとやっているんだから


CHORUS

(in which the cook and the baby joined):

`Wow! wow! wow!'


合唱

(料理女と赤ん坊が一緒になって)

   うわう、 うわう、 うわう

幼児虐待を地で行ったような歌です。およそ子守唄の感じとは違い、私など肝を抜かれたのですが、アリス達にはなにやら共感するものがあります。
それは、ナーサーリーライムの中にもそのようなものがあるからです。例えは、次のものは、英語圏の最も知られた子守唄だと言われている歌です。

Hush-a-bye, baby, on the tree top,

When the wind blows the cradle will rock;

When the bough breaks the cradle will fall,

Down will come baby, cradle, and all.

ねんねんころりよ こずえのうえで

かぜがふいたら ゆりかごゆれる

えだがおれたら ゆりかごおちる

あかちゃん ゆりかご みんなおちる

谷川俊太郎訳

私はこの詩にはじめて触れた時、びっくりしました。そして、ナーサリーライムが好きになりました。
この唄のパロディーは後に「鏡の国」赤の女王が歌いますが、その時に登場してもらうことにして、更に、こんなのもあります。

Cry, Baby, cry,

Put your finger in your eye.

And tell your mother it wasn’t I.



泣け、泣け、赤ちゃん、

目玉にお指をつっこみな。

そして、お母さんへ行ったらば、

あれはぼうやじゃないとおいい。

北原白秋訳

残酷で意味不明ですが、これが英国の子供の愛唱歌の一つだと思うとなにやら民族の気質の違いを感じます。
「アリスの物語」には、10回も出てくる「首を切れ!」を頂点として、残酷な言葉が散りばめられていますが、これは、英国の伝統にそっているものです
一見小心に思えるキャロルが、この伝統を見事に踏まえて、残酷なナンセンスを展開したものですから、子供達だけでなく大人も喜んだのです。お上品ぶって、何かと道徳家然としたビクトリヤ時代の人たちにとって、これらは最大の息抜きでもあったろうと思います。

このような伝統を持ったアングロサクソンが、かっては大英帝国として7つの海を支配し、そしてアメリカ、今や地球を大きく支配しようとしていることを考えると、ナーサリーライムやその延長の「アリスの物語」ももっと真剣に読み込んでいいのではないかと思います。

話が大きくなりました。アリスに話を戻しましょう。
公爵夫人は歌の二節目を歌いながら、赤ん坊を乱暴に上下に揺するので、赤ん坊は咆えるように泣き、アリスは歌が聞こえないほどでした。

I speak severely to my boy,

 I beat him when he sneezes;

For he can thoroughly enjoy

The pepper when he pleases!'

叱り飛ばすぞ、チビっ子を

くしゃみをすれば,ぶっ叩く。

こいつは胡椒が大好きで

好きでやっているのだから

CHORUS

`Wow! wow! wow!'

合唱

うわう、うわう、うわう

そして、公爵夫人は「ほら、あやしたければ、あやしてごらん」と言いながら、赤ん坊をアリスに投げて寄越します。

公爵夫人は「私はこれから女王の所へ行って、クロッケーをしなくちゃ」と急いで部屋を出ます。
その背中を目がけて、料理女がフライパンを投げつけるのですが、間一髪ではずれます。まあ、何と言う家なんでしょう。

泣き喚く赤ん坊を受けたアリスは、はたして、どうなるのでしょうか?


注1 )最近のお母さんたちが子守歌を歌っているか調べたもので、次の論文が目に留まりました。

福井大学教育地域科学部紀要Y(2002) 高松晃子 「子守歌の現在」

福井地方でのアンケート調査。1,169のうち有効回答337の分析、考察。17頁の興味深い論文です。それによると;

子供を寝かすときに唄を歌ったことがある。87%

どんな唄を歌うか?上位10位は 1.江戸の子守歌 2.ゆりかごの歌 3、ぞうさん 4、七つの子 5、犬のおまわりさん 6、シューベルトの子守歌 7、どんぐりころころ 8、大きな古時計 9、ゆうやけこやけ 10、森のくまさん

詳しくはhttp://karin30.flib.fukui-u.ac.jp/~work/kiyo/2002/takamatsu.pdf

注2) こんなバリエーションがあります。http://groups.msn.com/SpringofNiksa/celestiallullaby.msnw

Baby's Boat
 
Baby's boat's a silver moon,
sailing in the sky;
Sailing o'er a sea of sleep,
while stars float slowly by.
 
Sail, baby, sail,
out upon that sea.
Only don't forget to sail
back again to me.
 
Baby's fishing for a dream,
fishing near and far;
Her line a silver moonbeam is,
Her bait's a silver star.
 
Sail, baby, sail,
out upon that sea.
Only don't forget to sail
back again to me.


注3)子守唄の拍子については、、西洋のものは3拍子、日本のものは2拍子が主流で、上記の高松晃子先生の論文に詳しく述べられています。
古市さんに音をつけていただいたのは、3拍子ですが、ご本人から、同じ曲をMary VanArsdelという歌手が2拍子で歌っていると知らせてくださいました。
http://www.lmlmusic.com/artists/van_recordings.htm
これだと日本の子守唄に近くなっています。ご興味のある方は聞いてみてください。


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