英語で読む万葉集   リービ英雄   
                 岩波新書   2004

大半の日本人は日本の和歌や俳句は他の言葉には置き換えられないと思っているのではないだろうか。私も、特に万葉の雄渾な、豊かな響を持った言葉は絶対に外国語に移せないと私は思っている。この感じは、ある英詩が面白いと思った途端、これは日本語にはできないと思ってしまうのに似ている。韻律が重要な要素となっている詩歌を韻律組織の異なる言語に移すことは不可能なのである。そのような問題意識をもっている方は本書を覗かれるのは面白いと思う。

著者はアメリカ人で17才のとき来日、以後両国を行き来し、日本文学に馴染み、同氏の万葉集の英訳は全米図書賞を受賞された。この本は翻訳裏話ともいうべきもので、この人の万葉理解がどんなものであるかも良く分かる。文章が平易で一つの文が2ページで終わるものが多くて読みやすい。

万葉の理解が進むに従い、その味わう喜びが深まるさまが良く分かる。

「その作品が明らかに傑作であることは、原作でも外国語の翻訳でも、世界の誰が読んでもすぐ分かる。しかし、そんな傑作だけを読むのではなく、その傑作と前後して類似する他の作品を知り、一見絶対的な独創性に満ちているように見える傑作が、じつは歴史のある一つのことばの流れのうちにあって、しかしそのことばの流れの中から突出している、と分かると、また違ったスリルをおぼえる。
一つの国の一つのことば書きうることの、これが一つのきわみなのである、と心得たとき、単なるスリルが本物の感動に変わる。・・・」(同署100ページ)

自分でキャロルの詩を少し訳してみて思うことは、韻律を写すことは不可能であるが、せめて、歌っている意味内容と息遣いが伝わればそれで満足しなければならないということである。
本書はその点、かなり自信をもって、探り当てたようである。同氏の万葉英訳本は読んでいないのであるが、この新書に取り上げられた断章から見て、きっと名訳のような気がする。

本書で巻頭に引用されている歌の一部を写しておきます。

Girl with your basket,
  with your pretty basket,
with your shovel,
  with pretty shovel,
gathering shoots on the hillside here,
I want to ask your home.
Tell me your name.

籠(こ)もよ こ籠よ ふくしもよ みふくしもち
この岡に 菜摘ます児 家きかな 名告(の)らさね
(雄略天皇)

万葉集の英訳は他にも沢山あり、日本人がマザーグースの翻訳比較を楽しむように、地球の反対側には、万葉英訳の比較を楽しんでいる人がいるような気がする。文化の交流の一つに、やはり詩歌の翻訳ということがあるのかもしれない。

著者の翻訳には、感心するだけで異論はないが、詩句の選択はやはりこの人が外人さんという感じがした。
    05・2・11
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