白川静
松岡正剛著
平凡社新書
2008

 白川静の人生、学業と思想を鳥瞰した見事な本がある。
 ジャケットの裏に、「博覧強記の著者が”巨知”白川静に挑み、その見取り図を示した初の入門書」と書かれているが、著者の永年にわたる白川静に対する傾倒の中にかもされた、敬意と愛情の表現のように見え、読んでいて気持ちがよかった。
博覧強記の人が、殆ど自分の薀蓄をひらかさず、白川静の考えを、白川静の文章を基に、しかも分りやすく紹介している。凄い力量と言うほかはない。一気に読ませる。

白川静の漢字学は、文字の本源へ遡るスリリングな探検で、思いもかけないところへ我々を導くのだが、多くの場合、呪術的な古代世界で、おどろおどろしい感じさえ受けることがあるが、中々全体像が描けない。白川静の60歳の時だされた、最初の一般書、岩波新書『漢字』も内容が濃すぎて、読むのに時間がかかった。『孔子伝』や『初期万葉集』といったものが、白川静の全体の中にどう位置づけられているのか?70歳を越してから編まれた『字統』『字訓』『字通』は我々に何を残そうとしているのか?私はどこか深山に入ったようで、どこかぼんやりして、霧がかかっていたが、本書で霧が晴れて、白川静山脈が見通ことが出来るようになった。

私は先生の謦咳に触れたことがある。今から40年ほど前、白鶴美術館の講堂で漢字の講義をしておられた席に、1度か2度か出席した。先生50歳半ばであったと思われる。甲骨文字をガリ刷りした資料で、話の中身は殆ど分らず、目玉がぎょろりとした悪相のみが記憶に残った。
藤堂保明の漢字学に興味を持って、その後、白川静の本に出会うことになる。いい加減な読者であったが、今回の松岡正剛氏の『白川静』よって再びぐんと身近になった。

本の紹介はかえって混乱を招くのでしない。白川静ファンは読んでください。

一つだけ意見を言わせていただくなら、「漢字マザー」という言葉である。
「本書では、このような言語文字力の呪能の基体をあらわす核心的なものを、かりに「漢字マザー」というふうに名付けておこうとおもいます。この言いかたは、白川さんのネーミングではないのですが本書をすすめるうえで私が便宜上用いる用語です。「口」(実際の形は上両側が少しつき出ている)サイは漢字マザーのなかでも特筆すべきもの、まさにグレートマザー
のような太母力を秘めた漢字マザーです。」(同書54ページ)

漢字マザーは仮に、便宜的にと著者が断っておられるので、これから適切な語を探されると思うが、是非探して欲しいものある。サンスクリットの文法では語根という用語があるが、それにならえば、字根となろうか?根字、字母、母字、基字、字基字素、素字・・・難しいと思うが是非漢字で命名して欲しい。
「すべての漢字は名詞字根により作られる」などという表現が何年か先に出てくると面白い。

さらに欲を言うと、索引、白川静の書誌があればもう言うことはない。

http://www.alice-it.com/syohyo/syohyo1.html#知の楽しみ
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2008・11・22 宮垣記