新インド学 |
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長田俊樹 |
角川叢書 |
2002 |
ここでマックス・ミュラーの言語学からの発言が取り上げられる。この本の面白いところは、「インド学」に携わった人たちの簡単の伝記が書かれていることで、マックス・ミュラーについても面白い事実を書いている。例えば1860年、オックスフォードのサンスクリットのボーデン教授職をモニエル・ウイリアムと争って負けたときの評決が、610票対833票であったとか、マックス・ミュラーの世俗的な側面の事実が記されている。
後半はインドへの「アーリア人侵入」説を疑い、そのような視点がなぜ生まれてくるのかを追及した後、(多くの先人の論説の紹介であるが)、この説が修正されるべき時期に来ていると言う。
最後に、インド理解には多様なインドの文化を実地に体得する必要を説く。
大雑把に言うとサンスクリット文献中心の「インド学」は高貴な「アーリア人」の目線でしかなされておらず、歴史認識もある意味で偏向がある。このような視点を脱するには著者のように少数民族の実地調査が不可欠で、その知見を踏まえて、「新インド学」が形成されるべきだと著者は言っている。
大変勇気ある提言である。。
若い人がこの本を読んで、そんな探求を始めて欲しいものだ。
問題はサンスクリット文献を読むだけでも、人生の大半が必要で、書斎の学であるので、いわば楽なのである。フィールドワークするだけの時間と体力が残らない。一方若い人が少数民族に入り込むとサンスクリットを勉強する時間がない。
理想的なのは20才くらいまでに、主要言語のほか、サンスクリット、パーリ語などを自分のものにして、大半の文献を読み終えた秀才が、著者の提言を実行に移すことである。
目次 Alice in Tokyo