良寛異聞  矢代静一  河出文庫  1997
 良寛  竹村牧男  廣済社  1994
 良寛和尚の人と歌 吉野秀雄  弥生書房  1992(5版)


日本人の心に、何故か懐かしく、その人の生き様について、思い出させる人物がいる。
西行、一休、芭蕉、そして、良寛もその一人である。それだけにいろんな本があってそれそれの好きな像を自分で作っている。

田代静一『良寛異聞』は図書館の図書交換コーナーにあったのを貰ってきて、読み出したら面白く、最後まで読んでしまった。史実に基づいているとはいえ、大半はフィクションである。栄蔵と呼ばれていた良寛の幼友達、清吉と弥々を配して、後者二人を縦横に動かし、その間に垣間見る感じで良寛を登場させる。小説家はこんな風に創作を楽しむのかと感心すると共に、文章が上手いので、引き込まれる。清吉と弥々ほど良寛が生彩がないように見えるのは私の読み方が浅いのかかも。小説の間に、筆者の取材旅行の話が間奏曲として挟まる。
この文庫本には他に『弥々』という戯曲付き、それは『良寛異聞』に出てくる、ロシヤ人の血を引き、奔放な生き方をした弥々が、16歳、50歳、72歳の姿で登場し、良寛との出会いを語る一人芝居で、これも面白い。
あとがきに弥々を演じた著者の娘、毬谷友子長い文章があり、父矢代静一から、『弥々』のなら、『良寛異聞』は読まないほうがよいといっている。

竹村牧男『良寛』は8年前、一度読んだのだが、まったく中味は覚えていなくて、そんな本なら処分してしまおう(つまり、図書館の古書交換コーナーで出してしまおう)と思っていたのだが、矢代静一の本では、良寛像は薄ぼんやりなので、この本を取り出したら、やめられず、最後には深い感動を持って読み終えた。
大半、良寛の漢詩に依拠しながらの記述で、前回は、この漢詩を中心に走り読みしたのか知れない。今回は、逆に、この漢詩に依拠している所が、いかにも、潔く、良寛本の多くが、良寛探索紀行といった、エッセイ風のものが多いのに、これは、良寛による良寛といえる。何よりも禅僧良寛としての心のあり方を真正面から捉えて、余分なことを加えず、その本質に迫っている。
江戸時代、寺院制度が確立している中、あえて、寺の枠組みからはみだして、自らの仏法を貫いた良寛の姿がここにある。
子供と手まりに打ち興じたり、世捨て人のように小さな庵に住み、風狂の人という、弱いいイメージは、私はこの本によって一掃された。それは、良寛の悟りをしっかりと抑え、開示するため、本書はそれに向けて、一直線に進んでいる。最後は浄土教との結びつきを解き、より鮮明な良寛を提示する。
おそらくもう一度読み返すことになるだろう。

2012・3
吉野秀雄『良寛和尚の人と歌』
竹村牧男の『良寛』がもっぱら良寛の漢詩に依拠しながら書かれていたので、良寛の歌を読みたいと思って手にした本がこれである。
伝記の部分と、歌の評釈の部分と分かれているのだが、いずれにおいても、良寛敬慕の気持ちに溢れていて、嬉しくなる。伝記の部分はNHKの6回にわたる放送に手を加えたものであると、前書きにあるが、60ページ足らずの伝記は良寛を知る上に、またとない上質な紹介となっている。良寛を熟知し、敬愛している様が伝わってきて、しかも良寛の本質を見事に現しているように思う。長年、愛玩の手中の玉を、控えめに差し出して、見せてくれるような趣がある。
後半は良寛歌私解で,、良寛の和歌を春夏秋冬雑に分けて、一つ一つの歌に、丁寧な評釈をつけたものである。歌人でないとできない仕事である。良寛は万葉集を愛し、万葉調の歌が多いのだが、本書では、類歌も良く引いてあって助かる。

例えば
あしひきの山田の山居に鳴くかわづ声のはるけきこのゆうべかも
この歌に、大伴家持の
  わが宿のいささ群たけ吹く風の声のかそけきこの夕かも
など引いている。

上記の歌もそうだが、良寛の歌は一見凡作に見えるものもある。
しかし、著者の評釈をを読むと、良寛の歌の素晴らしさがよく分かる。良寛を深く愛してこそ、よく理解出来るのである。
例を2つ引いておく。

この里に手まりつきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし

この歌に対して、著者はこんな風に言う。
「一首、ほのぼのと温かく、ふくよかに人を包み来る感触をうけるが、是即ち良寛の人間的愛念の発言に外ならない。渾然としていかにも良寛の作、良寛以外の誰びとのものでないといいきることができる。」

おみなえし紫苑なでしこ咲きにけりけさの朝けの露にきほいて

「水のように淡白な作だが、それでゐて充実感を伴ってゐるところが良寛歌の価値である。「けさの朝け」も「露にきほいて」も万葉集の語句で、それがこの一首の骨組みを確かにしてゐる。」

このような評語は全篇にわたりあり、良寛の歌を味わいを引き出している。良寛の歌も素晴らしいが、それを味わっている吉野秀雄という人もまた素晴らしい。200首を選んだのも目の高さに感心し、私はこの方の導きでこれからも良寛の歌を読んでいきたい。また、人にもすすめたい。
  

目次   Alice in Tokyo