偏愛文学館
倉橋由美子
講談社 2005
評:宮垣弘



「明治以降の日本の文人で、この人のものさえ読めばあとはなかったことにしてよいと思える人の筆頭は吉田健一です。」  こんな文章が目に止まり、吉田健一好きの私は、嬉しくなって、この本を読むことになった。

これは著者の偏愛する作品を紹介する38篇を雑誌から集めた短編集である。
漱石「夢十夜」から始まり、吉田健一「金沢」に終わるが、「聊斎志異」「蘇東波詩選」など古いものから、宮部みゆきやジェフリー・アーチャのような新しいものまである。私が読んだことがあるのはその半分くらいで、特に、翻訳物は18編中3篇しか読んでいない。

著者の偏愛するものがどんなものかは、この本を通読すると浮かびあがってくるが、その一つは怪奇な物語を好むということがある。夢やら現実やら定かではないのだが、いかにもありそうな物語の嗜好である。文学は虚構なのであるが、その中で、何度も味わいたい思わす類のものを、人は個性に合わせ選ぶのである。美味しいと思えばもう一度食べたくなる。文学の美味しさの基準として、著者は「再読に耐えうるもの」を上げている。

所謂評論家の書評と違って、実作者としての文章に対する鋭い目と作家の生き様への視点からも著者のメガネに叶ったものが選ばれている。紹介された作品はその一部だが、著者の言葉によると「五百冊もの本を並べるはとても無理です」とあり、一度、著者の本棚を覗いてみた気がする。

私は倉橋由美子の本を読んだことはない。これからも読むかどうかわからないが、この本は良い読書案内である。この方と偏愛するものが少し重なるので、この本の紹介している作品をいつか読んで見たいと思う。

人生の終わりに、この偏愛文学館のような愛読書を手元に置ける人は幸せだと思う。
2005年6月10日永眠、享年、69歳 と、この本の奥付の作者紹介にあります。

2005・9・24

読書の愉楽・私の書評