日本の名詩、英語でおどる』他3
アーサー・ビナード

Y.Kさんが、アーサー・ビナードのエッセイが好きだと言われたのをきっかけに、この人の本を図書館から4冊ほど借りてきて読むことにしました。数年前、岩波の『図書』に現代の英米の詩をテーマに面白いエッセイを書いていたので、まとまったものが出ないかと思っていた所でした。
取り寄せた本の内、『日本語ぽこりぽこり』は、以前買って読み、読後、図書館へ寄贈したことを思い出ました。
彼は詩人なので、まず、『日本の名詩、英語でおどる』(みすず書房2007)について、書いておきます。
同書の「まえがきにかえて」は、次のように結ばれていて、本の裏表紙にも引かれていますが、この本の性質をよく表していると思います。
「この本に登場願った26人の作品は、どれも現代と直結している。様子もやり方の違う世界の産物に感じられても、耳を澄ませば今の暮らしに迫って、語りかけてくる。ぼくが添えた英訳とエッセイが、原作の新しさに気づくきっかけとなれば幸せです。」
この26人は、朔太郎に始まり、犀星に終わりますが、大半は馴染みある詩人で、作品も人口に膾炙されているものですが、中には全く知らないものもありした。与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」を初めととして、戦争のにまつわるものも結構あり、この詩人の感性にどんなものが引っかかったのか知るのも面白いことでした。
一詩人に2、3篇の詩、英訳、短いエッセイが付いています。これらを行き来しているうちに、原詩の魅力が引き出されます。このことを「英詩でおどる」と表現したのでしょう。
例えば、巻頭は、朔太郎の「ふらんすへいきたしと思えども/ふらんすはあまりにも遠し・・・」で始まりますが、著者はます、「発音は同じでも「フランス」と「ふらんす」とでは雰囲気が違う。「仏蘭西」という当て字もあり。これまたイメージが変わってくる。外国名は一般にカタカナ表記となるが、どのようなFranceを表現したいかに合わせて、書き方が選べる。その選択の自由が日本語の日本語の妙味のひとつといえる。」と言っています。こんなコメント一つでも、日本語の豊かさを気づかせてくれます。英訳を読んでいると、明らかに、日本語が訳しきれていない思われるところもかなりあり、そこが、また原詩の素晴らしさを喚起させてくれます。英訳詩の出来栄えについて、私は評価する力はないのですが、また、著者には申し訳ありませんが、英訳に比べ原詩が、私たち日本人には、圧倒的に素晴らしいと思うのです。こんなことを気づかせてくれる本でした。

釣り上げては』(思潮社2000)
著者が日本語で書いた詩集です。日本語への自信を示すものでしょう。その用法に破綻はありません。タイトルになっている「釣り上げては」はお父さんの思い出を詩にしたもので、良い詩だと思いました。ほかに、「インド行」「靴下と妻」「父と現場」「バーコド」などが面白いと思いました。詩として見ると、これが詩なのかと思うもの、つまり、詩としての凝縮度が足りないものが多いですが、著者の身辺雑記と見て、それなりに楽しめました。(2001年、仲原中也賞受賞作品)


身辺雑記と言えば、『日本語ぽこりぽこり』(小学館 2005)はまさにその好例です。「Web日本語」に掲載されたものが大半で、したがって、日本語にまつわること、このアメリカ人が身に着けた文化と日本語が接触する間に生じる、楽しい衝撃を、大変軽妙に書いています。私はこの本を読むのは2回目ですが、飽きずに、再読しました。この本の中で異彩を放つのは、「三年前の夏の土用にばくが死にたくなかったワケ」でしょう。当時パリで発行されていた雑誌「カラーズ」の日本特派員の職を得て、その依頼によって、ちょっと書くのはばかられるようなもの(一例だけ挙げれば<しもの毛>のかつら)を調達する際の奮闘のあり様を書いたものです。仕事とは言へ、そのたくましさに脱帽します。好奇心が旺盛で、勇敢で、日本語を修得それを武器に生きて行く、この人は、日本人の倍のエネルギーを持っていると私には思えます。詩人としての資質は、このような短いエッセイを書くのに十分生かされていると思いました。(2005年、講談社エッセイ賞受賞作品)


最後は子供の本です。
メアリー・ブレア画、ジョン・シェスカ文、アーサー・ビナード訳『ふしぎの国のアリス』(講談社2009)。キャロルファンの私はアリスの本は沢山見ていますが、この本は絵、文、訳共に文句なしに素晴らしいと思いました。メアリー・ブレアの絵は、羨望を感じるほどの才能を感じます。ジョン・ジェスカのリライトも納得できますし、アーサー・ビナード訳の日本語も素晴らしいと思いました。一点、気づいたことを書いておきます。それはいかれ帽子屋が歌う、きらきら星の替え歌?ですが、アーサー・ビナード
      きらきら こうもり
       むしめし おおもり
        たべつつ とぶとぶ
         とびつつ ぱくぱく
          きらきら こうもり
           むしめし おおもり
韻律的には名訳だと思いました。ただ、「むしめし」は今の子供に分かるかな?私たちが子供の頃は、お母さんが、蒸し器で冷やご飯を温めてくれていたのですが、今ならチン。だから「むしめし」より「むぎめし」がいいのではと思ったのですが、考えてみれば、こうもりが食べるのは、やはり「虫めし」なのですね。

2010・11・15

読書の愉楽・私の書評    Alice in Tokyo