鈴木真理のロンドン通信 No.99

                                                   アメリカンスクールで学ぶシェイクスピア
                                                    痛快「リチャード3世」 2

王位にかけ登ったリチャード3世は、没落するのもあっという間でした。今まで献身的に尽くしてくれたバッキンガム公を切り捨てるあたりから、彼の快進撃にも翳りが見えてきます。リッチモンド公(後のヘンリー7世)が彼に反旗を翻すと、観客も今度はこちらを応援しようという気になってきます。ボズワースでの両者の決戦前夜、リチャードは今まで手にかけてきた人々の亡霊に苦しめられますが、リッチモンド公の方は逆に、戦いに勝利するよう亡霊から励ましを受けます。
 
決戦の朝、リッチモンドは兵士たちを鼓舞する演説を行います。「愛する同胞諸君……」で始まるこの感動的なスピーチは、神の加護と正義がこちらにあることを説き、家族や子孫のために力を合わせて戦おうと呼びかけます。ヤードでこれを聞いている私たちは、リッチモンド軍に参加したような気になってきます。結びの「神よ、守護聖人ジョージよ、リッチモンドに勝利を!」のところでは、ヤードにいる皆が思わず「よしいくぞ!」と応えていました。
 
前半ではリチャードが王位につくことを支持し、後半ではリチャードを倒すことを支持するなんて、政治家に操られる愚かな大衆を、まさに観客である私たち自身が演じているわけです。シェイクスピアの筋運びのうまさに改めて感心しているうち、「馬の代わりに王国をくれてやる」という最後の悪あがきの台詞を残してリチャードは倒されます。これによって戦乱の時代が終わり、ランカスター家のリッチモンド公とヨーク家のエリザベスが結婚。ばら戦争に終止符がうたれます。劇は未来への希望と平和への祈りで締めくくられ、観客からは大きな拍手が送られていました。アメリカンスクールの生徒たちも、最後まで劇を楽しんだようです。
 
シェイクスピアの生きた時代は、このリッチモンド(ヘンリー7世)が開祖であるチューダー朝の支配する時代でした。400年前の初上演の頃から、「リチャード3世」は大変人気のある演目だったそうです。観客はリチャードの悪事に興奮し、劇中の市民や兵士になりきって、歓声を上げたり、ヤジを飛ばしたりしながら劇を楽しんだことでしょう。今のように色々な種類のエンターテイメントのない時代、人々は劇場で、ある種のインタラクティブなゲームを楽しんでいたといえるのではないでしょうか。
 
今回のリチャード3世、実は前回の「じゃじゃ馬ならし」と同じく、女性ばかりのカンパニーが演じていました。リチャード3世を演じたのはキャサリン・ハンター。小柄な彼女がびっこを引きながら飛び回って演じるリチャードは、悪役ながら憎めないところがありました。
 
グローブ座では「アフタートーク」という名称で、上演後に出演者から話を聞く機会がもうけられています。私も娘と参加しました。観客の興味は、女性が男性を演じる場合、どんな点が難しいかというところに集中していました。出演者によると、男性の服を着て、刀を腰に差したりすると、自然と男っぽい動きができるということでした。声はわざと低い声を出す必要はなく、自分の声域の中央に当たる部分を見つけ、常にその高さを保って発声するようトレーニングを受けたそうです。おもしろかったのは、役作りのため、全員で闘争心をつけるためのゲームをやったということです。「自分には、男の人のように一番になってやるという強い気持ちがないので、このゲームは男役をやる上で役にたちました。」と出演者の一人が語っていました。レディーファーストのお国柄で、女性は保護されているからでしょうか。
 
背が高く、ハンサムで、堂々としたヘースティングス卿を演じた女性は、こんな風に語ってくれました。
「私はアイルランドに住んでいて、そこでも役者をやっていましたが、身長が180センチ以上もあるので、なかなか自分に合う役がありませんでした。そこでグローブ座で女性だけのカンパニーを募集しているとき聞き、オーディションにやってきました。実は夫と小さな子供を3人、アイルランドにおいてロンドンに出てきています。シーズン中は忙しくて家族のもとに帰ることもできず、大変です。でも夏には夫が子供たちを連れて私の舞台を見に来てくれました。彼はほとんど居眠りしていましたが、子供たちはみんな、とても楽しかったといってくれました。」
 
そういえば、シェイクスピアもストラットフォード・アポン・エイボンに妻子を残して、ロンドンに単身赴任でした。400年後、グローブ座に女性だけのカンパニーが出現するだけでもびっくりですが、そこに単身赴任者もいるとは、時代の流れを感じさせます。

03・10・10         目次へ