Vol.97          夫と妻はどちらが強い?            - 英国版宝塚のシェイクスピア -
 
ロンドンのテムズ川南岸に再建されたシェイクスピアグローブ座は、1997年のオープニング以来シェイクスピア時代の演劇を現代に甦らせるため、様々な試みを行っています。その一つはシェイクスピア時代を忠実に再現すること。もう一つは新しい工夫を加えることです。シェイクスピア時代は男性だけの一座で劇が上演されたので、シェイクスピアグローブ座でも男性だけのカンパニーはもうお馴染みですが、2003年はこれに加えて女性だけのカンパニーが登場しました。
 
劇のオープニング。シェイクスピア時代の楽器演奏のあと、男装の女性が登場して挨拶をします。「この劇場では今シーズン初めて、女性だけのカンパニーによる公演が実現しました。私たちがコッドピース(シェイクスピア時代の男性ファッションで、ズボンの前あきを隠す袋)をつけて、舞台に立つことができるようになったのです。シェイクスピアさんもきっと、この新しい試みを喜んで見てくれることと思います。ところで新しいものでも、シェイクスピアさんのお気に召さないものもあります。ケイタイ、アラームつきの時計が上演中に鳴り出したりしたら、シェイクスピアさんはきっと怒りだします。どうぞ電源を切ってくださいね。」
 
さて、このカンパニーの演じるのがThe Taming of the Shrew(じゃじゃ馬ならし)。主人公はお金持ちのお嬢様なのに気が荒く、妹をいじめ、父親の手にも負えないじゃじゃ馬娘。そこに登場するのが結婚相手を求めてこの街にやってきたペトルーキオです。彼女と結婚すれば多額の持参金が手にはいると知り、一方的に結婚を決めてしまいます。彼はキャタリーナに負けず劣らず強引な性格の持ち主。彼女を圧倒して従順な妻にしてしまおうと、彼の意地とプライドをかけた戦いが始まります。
 
ペトルーキオの強引な作戦は、鷹を調教する要領でキャタリーナをおとなしくさせようというもの。空腹にさせたり、眠らせなかったりするのですが、「それはすべて君を愛するからだよ」と繰り返し繰り返しキャタリーナに愛の言葉をかけます。この舞台のペトルーキオは「ベルサイユのバラ」のオスカルをもう少しセクシーでワイルドにしたようで、とっても魅力的。乱暴で強引ではありますが、キャタリーナの愛と信頼を得ようと頑張る姿に、観客は惹きつけられます。
 
クライマックスは、ペトルーキオを含む新婚の夫3人が、誰の妻が一番従順かを巡って賭けをする場面。じゃじゃ馬であったキャタリーナが、最も従順な妻に変わったことが実証され、ペトルーキオとキャタリーナの父は肩を抱き合って涙ぐみます。そのあとキャタリーナは、夫のいうことを聞かない新婚の妻2人に「夫に対する妻のつとめ」を説きます。「夫はあなたのご主人、王様、そして支配者…」で始まる彼女のスピーチを締めくくりとして、普通なら、じゃじゃ馬ならしが見事に成功というところで幕が下りるのですが、今回の女性カンパニーの公演は、どんでん返しが待ち受けていました。
 
キャタリーナはスピーチの途中でテーブルの上に登り、自分が主導権を握っていることをうかがわせます。あたかも「夫をたてるのは形だけよ」といっているようです。自分が主導権をとったと思っていたペトルーキオは、思わぬ展開に呆然。最後は二人が思いきり口論しているところで終わりです。二人の主導権争いは続くわけですが、そこに夫婦の会話がある限り、お互いの理解が深まっていく可能性を示唆しています。女性ばかりのカンパニーだからこそ、現代に通じる意外な展開をみせてくれました。
 
この公演には、学校から観劇に来ているらしい中学生、高校生のグループがたくさんいましたが、勉強を離れて劇を本当に楽しんでいる様子でした。私もこんなに笑えて楽しいシェイクスピアは初めてでした。
 
(写真:シェイクスピアグローブ座の舞台)

03・9・26      目次へ
 
 
 
鈴木真理のロンドン通信