ロンドン通信 127
芝居の発信者と受け手を結ぶ対談



今年のロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのロンドン公演は、悲劇シーズンということで、シェイクスピアの「ハムレット」、「ロミオとジュリエット」、「リア王」、「マクベス」を次々に上演し、最後をエウリピデスの「ヘキュバ」で締めくくることになっています。

劇の上演だけでなく、その理解を深めるために、色々な対談が企画されているのも今年の特徴です。先日、そのひとつに参加してみました。対談のテーマは、『苦痛から喜びへ:悲劇と肉体From Pain To Pleasure: Tragedy And The Body』。ウォリック大学文学部の女性教授キャロルさん、今シーズンRSCでハムレットの亡霊とマクベスを演じている俳優のグレッグ・ヒックス、そしてタイムアウト誌のジャーナリストで、イラク戦争取材のために米軍と行動を共にした経験を持つマイケル・ホッジスの3人が、パネラーとして参加していました。

対談は当初予定されていたテーマに発展するところまではいたらず、『苦痛Pain』に焦点があてられる結果となりましたが、それはそれで、大変興味深いものでした。

マイケル・ホッジスは、米軍の装甲車に同乗して、米兵士によってイラク人が殺害される様子を目撃したそうです。兵士たちは、まるで獲物を狙うハンターのようにイラク人を標的にし、殺害します。目の前で繰り広げられている現実の人間の苦痛や死に対して、兵士はまったく痛みを感じていないように思えたと彼は語っています。兵舎での彼らは、ハードコアポルノとコンピュータゲームにしか慰安を求められず、人間らしい感受性を鈍らせているのだそうで、またそうでなければ、戦場で生きていくことができないのかもしれないと、彼は語りました。

これに対してグレッグ・ヒックスは、劇場で演じられる虚構の死について、俳優の立場から語ってくれました。彼はブルータス、コリオレイナス、マクベスなどを演じ、舞台の上で数多くの殺人に関わっています。俳優が目指しているのは、自分の演技によって、観客が実際に苦痛を味わうように仕向けることであるというのです。この苦痛を感じることにより、人はその苦痛を生み出している状況に対して、知的で精神性のある考察ができるようになるのだ、俳優は演技を通じて、ある意味で哲学的、理性的なメッセージを伝えているのだ、と彼は語りました。

キャロル教授はこれを受けて、シェイクスピアと、彼の同時代に活躍した劇作家、クリストファー・マーローを対照させて、コメントしていました。シェイクスピアもマーローも、舞台上でたくさんの人を殺しているのですが、マーローがそれをスペクタクルとして見せているのに対し、シェイクスピアは周りの人物の言葉を借りて、その死にいたる人間の状況を、見るものに深く考えさせるようにしているというのです。シェイクスピアはその作品を通じて、私たちに苦痛を感じることを要求しており、それによって私たちはより深い人間理解に到達することができるわけで、それがシェイクスピアの魅力であり、400年の時を超えて人々に感動を与える理由であると、彼女は結んでいました。

深い人間理解に到達することを喜びと受け取るなら、シェイクスピアの悲劇は、苦痛を喜びに変えてくれるものということができるでしょう。

目次へ    05・2・7