ロンドン通信 126
陰鬱なロンドンの冬は悲劇で乗り切ろう
RSCのリア王


毎週ロンドンのいろいろなイベント情報を届けてくれる、www.visitlondon.comというウエブサイトがあります。2週間前、シェイクスピアの悲劇「リア王」がお薦めの劇として取り上げられていました。「冬のロンドンで気分が落ち込んだら、シェイクスピアの悲劇を見に行きましょう。そうすればショック療法で、陰鬱さが吹き飛んでしまいますよ。」というのが推薦の理由です。

本当にそうだろうか。「リア王」といえば、「ハムレット」と同様、主な出演者が最後にみんな死んでしまう悲劇中の悲劇です。かえって落ち込むのではないかと不安を抱えながら、劇場に足を運びました。ストラットフォードで幕開けした「リア王」は、現在ロンドンのALBERY THEATREに場所を移しています。主役を演じるのは、英国の名優の一人、コリン・レッドグレーブです。

年老いたブリテン国王リアは、3人の娘に自分の領地を分け与えようとするのですが、その条件として、自分に対する愛の大きさを言葉で表現するよう彼女たちに求めます。姉娘二人は、心にもない大げさな愛の言葉を述べ立てて、父親を喜ばせます。ところが末娘のコーデリアは、一番深く父を愛しているにもかかわらず、それを口にすることを拒否したため、父親の逆鱗に触れ、追放の身となります。

コリン・レッドグレーブのリア王は、まだ引退には早いのではないかと思われる若さを漂わせていますが、それがかえって、傲慢さや、自己中心的で人間的に未熟なところを表しているように思いました。偽物の愛の言葉に簡単にだまされ、本当の愛情に気づかない。そして周りの人間をどんどん不幸にし、自らも姉娘たちに裏切られて惨めになっていくのですが、彼はやがて自らの愚かさを悟るようになります。

「辛抱せねばな。私たちは、泣きながらこの世にやってきた。知っとるだろう。初めてこの世の空気に触れたとき、わしらは皆泣き叫んだ。何故だか教えてやろう。ようく聞いておけ。・・・わしらは、こんな阿呆ばかりの世に生まれてきたことが悲しくて泣くんだ。(When we are born, we cry that we are come to this great stage of fools.)」(第4幕第6場)

阿呆はリア王だけではありません。サブプロット(脇筋)として展開される、私生児の息子の策略に騙されるグロスター公、リア王の姉娘二人が一人の男を愛するようになったことによる夫婦の崩壊、姉妹間の嫉妬、そして姉による妹の毒殺、姉の自殺というように、舞台は「阿呆」であふれています。

人間の愚かさに涙し、リア王と3人の娘全員、そしてグロスター公の私生児の息子も死んでしまう壮絶なラストシーンに胸を痛めながらも、そんな阿呆に溢れた世の中に自分は生きているんだ。そんな中でも前に進んでいくしかないんだという静かな悟りのようなものが、自分の中に生まれてきました。これは、安易なハッピーエンドを選ばず、鋭い人間観察に徹したシェイクスピアの作品ならではの感慨と思われます。

上演時間は約4時間。劇場を出たのは午後11時を過ぎていました。強烈な人間悲劇を見た後は、確かにwww.visitlondon.comの提唱するように、冬の陰鬱さなど、気にならなくなっていました。

05・1・30  目次へ