ロンドン通信 124
ローマ時代と超モダンが同居するシティー
英語のcityは都市という意味ですが、ロンドンでシティーというと、ロンドンの東部、テムズ川の北岸にある1マイル(約1.6キロメートル)四方の地域を指します。ここは現在、世界金融の中心のひとつです。
シティーの歴史は古く、紀元43年にローマ軍が侵攻してきたことがその始まりであったと考えられています。彼らはテムズ川に橋を架け、軍隊の移動が楽に出来るようになったことから、この地域は交通の要所として発展していきました。この橋は最近、その跡が発掘されたのですが、現在のロンドンブリッジから数メートルしか離れていないところに架けられていたようです。
ローマ人はこの地域を囲む防壁をたて、その中にはアルプス以西では最大といわれたバシリカ(大集会所)が建ち、フォーラム、ローマ浴場、円形闘技場などがありました。最盛期には人口4万5千人ほどを擁するまでに発展しましたが、ローマ帝国の崩壊と共に、衰退の運命をたどりました。
ローマ人の建てた防壁はLondon Wallと呼ばれ、今もシティーのあちらこちらに残っています。また新しい建築物を立てようと地下を掘り返すと、ローマ時代の遺跡が出現します。イングランド銀行のミュージアムには、その敷地から発掘されたローマ時代のモザイクが展示されています。ギルドホールの新館建設時には、円形闘技場の跡が発見されました。現在この新館の地下には、闘技場を再現する展示があって、一般に公開されています。
この由緒あるシティーには時々、あっと驚くような新しい建築物が登場します。そのひとつが昨年末に完成したオフィスビルディング(30
St Mary Axe)です。高さ180メートルで、Gherkin(ガーキン:ミニキュウリ)という愛称で呼ばれるように、独特の姿をしています。表面はガラスでおおわれ、多面体のようになっています。完成からまだ間がないのに、この建物はすでに、ロンドンのランドマークとしての地位を固めています。
ロンドンでは毎年1回9月に、OPEN HOUSE LONDONという催しが開催されます。これは、ロンドンにある建築物をその週末だけ、無料で一般に公開するものです。普段は一般人が立ち入れないものも含まれるので、いつもは外から見ているだけの建物に入ってみることの出来るチャンスです。ロンドン全域で500あまりの建物が公開されましたが、シティーでも、43の建物がその対象となっていました。
私は英国人の友人に誘われ、彼女と、彼女が名付け親になっているお嬢さん(goddaughter)、そのお母さん、それに私の娘の5人でOPEN
HOUSE LONDON出かけました。そのお嬢さんは、大学で建築学の専攻を目指している高校生なので、私たちは彼女の希望であるガーキンを最初に見学に出かけました。ガーキンはSwiss
Reという会社のビルで、もちろん普段、一般人は立ち入ることが出来ません。
さてその土曜の午前中、私と娘は待ち合わせの場所であるBANK駅(イングランド銀行の前)にでかけました。普段週末のシティーはほとんど人がいないのですが、その日は人通りが多く、あちこちに人の列が出現していました。悪い予感。ガーキンの前に到着すると、なんとそこにはすでに、建物を二重に取り囲む列が出来ていました。
5人でおしゃべりをしながら、また交代で食べ物を補給しながら待つこと5時間。私たちはついに中に入ることが出来ました。この週末、8000人の人がガーキンの列に並び、5000人が入場を果たしたそうです。OPEN
HOUSE LONDONの中ではもちろん、一番人気でした。私たちの予定では、ガーキンの後に別の建物をいくつか回るはずだったのですが、ガーキンだけで時間切れとなってしまいました。
見学者は40階(最上階)の展望室と、17階のオフィスフロアに入ることが出来ました。展望室はまさに360度、さえぎるものがまったくなく、すばらしいロンドンの眺めを楽しむことができます。この建物はデザインがすぐれているだけでなく、窓が自動開閉して自然の風をとり入れたり、リサイクル素材を使用したりと、環境にも配慮したつくりになっています。
ガーキンは、英国王立建築家協会(RIBA)の2004年度建築優秀賞を受賞しています。歴史をローマ時代に遡るシティーに、またひとつ名物となる建築物が増えました。
写真上:ガーキンの外観
写真横:ガーキンの40階で 残念ながら、並んでいるうちに曇り空になってしまいました
04.11・13 目次へ