ロンドン通信 120

 

       Measure for Measure競演

 

ロンドンは世界で最も演劇の盛んな都市です。シェイクスピアの作品も毎日、必ずどこかで上演されています。同じ作品が、別々の場所で、異なる演出で上演されることもあります。今年の夏はナショナル・シアターとグローブ座で、シェイクスピアのMeasure for Measure競演を見ることができました。2つの劇場は1キロほどしか離れていません。ロンドンのシェイクスピア密度の高さがうかがえます。

Measure for Measureは、性道徳を守るための法律を厳格に適用することによって、様々な問題がひき起こされる喜劇です。ウィーンの公爵ヴィンセンティオは、自分の評判を落とさずに法の厳格な適用を徹底させるため、厳格な人物として知られるアンジェロを代理に任命し、旅に出ると称して姿を隠します。政権の座に着いたアンジェロは早速、売春宿取り壊しの命令を下し、婚前交渉によって相手を妊娠させた若いクローディオに死刑を宣告します。クローディオとその相手であるジュリエットは将来を誓い合った仲で、お互い合意の上での行為でしたが、ジュリエットも法を犯したとして投獄されます。窮地に立たされたクローディオは、姉(または妹)のイザベラに、アンジェロに命乞いしてくれるよう頼みます。

公爵ヴィンセンティオは、僧侶に身をやつしてこの一部始終を見守ります。アンジェロはクローディオの命の代償として、イザベラの純潔を要求します。これを知った僧侶姿のヴィンセンティオは、イザベラに秘策を授けます。こうして事態は展開していくのですが、最後にヴィンセンティオは本当の姿を現し、アンジェロはじめ一同にお裁きが下るという、ちょっと水戸黄門を思わせるようなお芝居です。

グローブ座のMeasure for Measureは、シェイクスピア時代の衣装、音楽、踊りを使用し、当時の舞台を再現しています。これに対してナショナル・シアター版はウルトラモダン。ビデオカメラを利用して、異なるアングルから見た舞台の様子が、後方のスクリーンと、3台のテレビに映るようになっています。劇の解釈も、現在の世界情勢を反映した非常に政治的なものとなっています。

たとえば第1幕第2場、人々が国内外の政治状況を噂し合う部分があります。

「お偉いさんたちのやっていることは、信心深い海賊が十戒をもって航海に出て、戒めのひとつを削り取っちゃうようなもんだ。」

「『汝盗むなかれ』のところだろ。」

ナショナル・シアター版では、ここでテレビの画面に、星条旗の前でポーズをとるブッシュ大統領が映ります。また死刑囚のクローディオは、オレンジ色の囚人服を着せられており、キューバの米国海軍基地、グアンタナモにあるテロリスト収容所を思い出させます。

大団円、ナショナル・シアター版のヴィンセンティオは狡猾な独裁者ぶりを発揮します。汚れ役をアンジェロにやらせ、自分は正義の体現者であるかのようにふるまうのです。最後にイザベラに求婚する場面がありますが、これも求婚というよりは相手の気持ちを無視した命令であり、背後に大きなダブルベッドが浮かび上がり、「正義を盾に自分の欲望を遂げようとするヴィンセンティオ」というイメージを作り出しています。一方アンジェロは、悪役というより、完璧であろうとするのに自らの弱さに負ける人間として描かれており、共感できる存在です。

これに対しグローブ座のほうは、もっとほのぼのとした雰囲気です。こちらのヴィンセンティオは水戸黄門に近いといえるでしょう。アンジェロの悪政に憤慨し、困っている弱者に救いの手を差し伸べようとします。黄門様とちょっと違うのは、あまり堂々としたところがなく、非常に遠慮がちなところです。イザベラへの求婚の場面も、相手の顔色を見ながらためらいがちにおこなうので、かえって応援したいような気持ちにさせられます。とてもチャーミングなヴィンセンティオでした。

グローブ座でもう一人、私の目をひいた人物がいました。恋人を妊娠させてしまった死刑囚クローディオです。左耳にピアスをしたその姿はまるで、ナショナルポートレートギャラリーにあるシェイクスピアの肖像画を、何十歳か若返らせたような感じでした。劇の最後には、赤ちゃんを抱いたジュリエットと幸せそうに並びます。

そういえばシェイクスピアも、結婚前に恋人を妊娠させてしまったのでした。また彼は、劇作家であるだけでなく、役者として舞台にも登場していました。私は当時の舞台を再現したグローブ座で、シェイクスピアに出会ったような気がして、とても嬉しくなりました。

写真:グローブ座開演前の音楽演奏

04・08・10   目次へ