ロンドン通信 119

            英国人の大好きなプロム


イギリス英語とアメリカ英語にはいろいろな違いがありますが、そのひとつにpromという言葉があります。娘の通うアメリカン・スクールでpromというと、ハイスクールの生徒のために年一回催される盛大なダンスパーティーです。ところが学校を一歩出ると、promはロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで毎年夏に開催される、クラシックコンサートのことになります。

Promの正式名称はthe Promenade Concertsです。1895年以来の伝統があるこのコンサートは、音楽を手軽に楽しんでもらうよう、格安の立ち見席を用意しています。当初はその場所で、演奏中も聴衆が遊歩「promenade」していたのが、promという名前の由来です。

BBC(英国放送協会)が主催するこのコンサートは、7月16日から9月11日まで毎日開催され、大物アーティストが続々登場します。テレビやラジオでも毎晩中継放送があるので、英国中の音楽愛好家が楽しみにしているイベントです。長年ロンドンにすんでいながら、まだ一度もライブのpromを経験していない私は、思いきって出かけてみることにしました。

当日はpromの第2日目で、The Nation’s Favourite Promというタイトルがついていました。みんなに愛されている曲なら、音楽にあまり詳しくない私でも楽しめるだろうと思ったのです。会場について当日券を買おうとすると、座席はすでに売り切れとのこと。立見席ならまだあるので、こちらの列に並びなさいと指示されました。立見席には2種類あります。オーケストラのすぐ前のアリーナと、全体が見渡せるバルコニーです。どちらも値段は4ポンド(800円弱)。私はバルコニーを選びました。

普通の建物の5階分ぐらいある階段を上ってバルコニーにたどりつくと、すでにたくさんの人たちが到着していました。オーケストラが見下ろせるバルコニーの縁は、先についた人たちが場所を確保しているので、はいりこむことができません。あちこちでシートを広げて、食事を楽しんでいる人たちもいます。屋内のクラシックコンサートでこんな雰囲気は初めてで、ちょっと驚きました。

私はギリシャ風の柱の陰に場所を確保しました。何とか下の様子を見ることができます。今夜のオーケストラはマーク・エルダーが指揮するハレ交響楽団。『フィガロの結婚序曲』を皮切りに、英国で愛好されている序曲やアリアが次々に演奏され、聴衆の盛り上がりがバルコニーまで伝わってきます。

Promでは毎年、みんなに愛されている有名な音楽とともに、英国出身の音楽家の作品をとりあげるのが恒例となっています。当日もデーィリアス(Delius)という作曲家の作品『村のロミオとジュリエット』から、『楽園への道』という曲が演奏されました。これについては演奏前に指揮者から簡単な説明がありました。

「村の中でそれぞれ対立する家族に生まれたため、愛しあいながらも結ばれることのないロミオとジュリエットが、天国で結ばれることを願って死出の旅に出るという内容です。しかし悲壮感の漂うものではなく、田園風景の美しさを思わせる、穏やかで詩情あふれる作品となっています。」

私にとってはじめてのデーィリアス体験でしたが、シェイクスピアにつながりのあるその美しい曲は、強く印象に残りました。

コンサートの第2部は、ロッシーニの『ウイリアム・テル序曲』で始まり、チャイコフスキーの『大序曲1812年』で締めくくられました。『大序曲1812年』は、ロシアがナポレオンのロシア遠征に打ち勝ったことを祝う曲であるため、最終部分に大砲や鐘の音がはいります。当日は本物の鐘が3つも舞台に登場し、爆竹がなり、ロイヤル・アルバート・ホールが誇る英国最大のパイプオルガンもオーケストラに加わって、華々しいフィナーレでした。さらに曲の終了と同時に、オーケストラ後方の幅20メートルほどにわたって、高さ3メートルほどの花火がいっせいに上がりました。英国式のクラシック音楽の楽しみ方を満喫した夕べでした。

写真:会場のロイヤル・アルバート・ホール

04・08・09       目次へ