ロンドン通信117

        
 シェイクスピアとテニス
            
                             鈴木真理

ウインブルドンテニスの時期が終わりました。今年も日本の杉山愛選手が活躍し、最終日まで楽しませてくれました。

シェイクスピアがテニスを楽しんだかどうか。それはわかりません。しかしテニスの試合を見たことはあったようです。作品『ハムレット』の中でポローニアス(オフィーリアの父)は、パリに遊学中の息子レアティーズの素行を探るため従者を派遣するのですが、従者とのやり取りの中で、「テニスの試合で喧嘩になって」というせりふがでてきます。

このテニスは、杉山の活躍した芝のコートでのテニスとは少し違っています。テニスの起源は5世紀のイタリアまで遡ることができます。トスカナ地方の村人が、素手でボールを打ち合いながら通りで楽しんだのがはじめのようです。これがのちに宮廷に取り入れられ、16世紀のフランス貴族、17世紀の英国貴族のあいだで、非常に流行しました。シェイクスピアが活躍していた時代と、ちょうど重なります。

宮廷でのテニスは、四方を壁で囲まれた場所でおこなわれました。今でもテニスをする場所をテニスコートと呼ぶのは、court(四周を仕切った庭)でテニスが行われていたことの名残と思われます。このテニスはREAL TENNISあるいは ROYAL TENNISと呼ばれ、現在も愛好家がいて、試合がおこなわれているそうです。ロンドン近郊ではQUEEN’S CLUBやHAMPTON COURT PALACE内にあるROYAL TENNIS COURTでプレーができます。

現在のテニスはこのREAL TENNISを基にして、1874年ごろにスポーツ競技として完成します。壁を境界線にする代わりに、地面に線を引き、芝生の上でプレーしたので、LAWN TENNISという名前がつけられました。

それから3年後、クロケー(Croquet)のスポーツクラブがこの流行のスポーツに目をつけ、アマチュア選手によるローン・テニス大会を開催。これが現在のウインブルドン選手権の原型になりました。そのため同選手権の会場名は今も、THE ALL ENGLAND LAWN TENNIS & CROQUET CLUBとなっています。

クロケーは日本ではなじみのないスポーツですが、芝生の上でおこなう競技で、木槌で木の球を叩き、逆U字型の鉄門を順にくぐらせていくものです。日本のゲートボールはこれを基にしています。今でもところどころにクロケー場をみかけますが、テニスほどの人気はありません。テニスをする友人たちの言葉を借りると、クロケーはとても意地悪(mean)なスポーツなのだそうです。プレー中に相手の球に自分の球を命中させて駆逐すると、一打余計に打つことができるためでしょう。『不思議の国のアリス』に女王様のクロケー大会があったことと、挿絵の女王様が意地悪そうだったことを思い出しました。

英国の人々はフェアプレーを重んじるテニスが大好きです。しかしもともと貴族のスポーツであったため、今も中流階級のスポーツであり、強烈なハングリー精神を持った英国人テニスプレーヤーが現れません。1936年にフレッド・ペリーが優勝して以来、英国人男性がウインブルドンのタイトルに縁がないのも、これが理由のようです。毎年期待されながら今年もベスト8どまりだった英国のヘンマン選手は、killer instinctや bottle(根性)がないと批判されていますが、英国でのテニスの長い歴史を考えると、仕方がないのかもしれません。

先に挙げた『ハムレット』の中でも、「テニスでの喧嘩」は「泥酔」とか「女郎屋に入る」とかと同列にあつかわれています。シェイクスピアの頃から、英国のテニスは清く正しくやるもののようです。

写真:ウインブルドンのセンターコート外観

04・07・19

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