開演を待つグローブ座
    ロンドン通信116




    グローブ座のStar-Crossed Loversシーズン



                           
鈴木真理

今夏のシェイクスピアグローブ座は、Star-Crossed Lovers(不運な恋人たち)をテーマに、『ロミオとジュリエット』、『から騒ぎ』、『尺には尺を』の3作品を上演しています。

今年の公演は、Samaritans という慈善組織の働きからヒントを得ているのが特徴です。Samaritansは自殺願望を持つ人に対して無料の電話相談を提供し、彼らの心の支えになろうと努めている団体です。日本でも「いのちの電話」という名前で活動をおこなっています。Samaritans という名前は、新約聖書の中にある、見ず知らずの人を助ける「よきサマリヤ人」のたとえ話が由来となっています。この組織はロンドンで設立され、今年は創設50周年にあたります。

プログラムの説明によりますと、今夏上演される3つの作品はいずれも、恋や人生において乗り越えがたく思われるような障害に直面する若者たちが主人公となっています。それぞれの作品において、ローレンス神父、フランシス神父、ヴィンセンティオ公といった人々が、そのような若者たちに対してSamaritansの役割を果たし、支えになろうと努めます。結果は3者3様です。このことから、シェイクスピアが若者の苦悶に関心を示し、適切な救いの手を差し伸べる必要性を認識していたことがわかるとしています。

統計によると英国では、一日に少なくとも2人の25歳未満の若者が、自殺によって命を落としています。また心に悩みを抱えているため、自分のからだを傷つける行為に走る者が一日に400人以上いるそうです。現代の若者たちも、恋や家族、人生について悩みを持っているという点で、シェイクスピアの作品に登場する若者たちと共通点があります。

私は今回『ロミオとジュリエット』のグローブ座公演を見ました。場面のカットがほとんどなく、上演時間が2時間半を越えていました。ローレンス神父に関しては、今まで私が見た別の演出では省略されることが多かったシーン、たとえば墓場でジュリエットが眠りから覚めるときにそばにいながら逃げ出してしまうシーン、ロミオとジュリエットの死後、公の場で自らの責任を認めるシーンなどが、きちんと盛り込まれていました。今年のテーマを反映した演出です。

有名なバルコニーシーンは、舞台中央にあるバルコニーを利用して演じられました。グローブ座はシェイクスピア時代の劇場を忠実に復元してあるので、当時のバルコニーシーンもまさにこのようなものであっただろうと思わせる場面でした。

グローブ座は中央部分に屋根がなく、半ば野外劇場のような雰囲気です。中央部分は立見席になっていますが、当日は『ロミオとジュリエット』という人気作品の上演ということもあって、人であふれていました。グローブ座にはじめてやってきたと思われる米国からの旅行者、ティーンエージャーたちが多く、上演中も小声でおしゃべりする人たちがいて、劇の前半はざわざわと落ち着かない感じでした。

前半が終了し休憩に入ったころには、英国の夏にはよくあることですが、気温は10度近くまで下がり、寒くなってきました。後半が始まったころには、最後まで見ると覚悟を決めた人たちだけが残ったので、立見席の人の数もずっと減りました。劇の終末に向かって、舞台と観客との緊張感も高まっていき、盛り上がった舞台でした。

舞台に登場したロミオは多感なティーンエージャー、ジュリエットは年の割にはしっかり者の女の子という感じでした。私は立見席のすぐ後ろにある座席にいたので、舞台と立見席の両方を観察するチャンスがありました。立見席にはロミオとジュリエットの年頃のようなティーンエージャーのカップルがたくさんいました。寒くなってきた後半、お互いにからだを寄せ合いながら舞台を見つめている様子が、印象的でした。どのカップルも、男の子は半そでのTシャツ、女の子は寒くなるのを予想していたのか、長袖の服を着ていました。男の子の方が刹那的で、女の子のほうがしっかり者なのは、シェイクスピアのころから変わらないのだなと思った夜でした。

04・07・11   目次