ロンドン通信 114
鈴木 真理


ハムレットは大学生

トレバー・ナンが新しく演出したハムレットを見に行きました。劇中での墓堀りとハムレットの会話から、ハムレットの年齢は普通30才と推測されています。しかしトレバー・ナンは今回、ハムレットが大学生であることにこだわり、その年齢をもっと若く設定しました。

演劇学校を卒業したばかりの23歳の青年をハムレットに抜擢、オフィーリア役には現役の女子大生を起用しています。ハムレットの学友であるホレイショー、ローゼンクランツ、ギルデスターンなども、ウエストエンドの劇場に初デビューの若手を使っています。ハムレットの年齢設定を若くすると、母であるガートルードの年齢も若くなります。イモジェン・スタブスの演じる今回のガートルードは、私が今まで見たハムレットの中でもとりわけ若いガートルードでした。

若い役者たちを使い、時代設定も現代にした今回のハムレットはとてもみずみずしく、シェイクスピアの魅力が時を超えて輝くことを見せてくれました。また演出にいろいろな工夫があって、登場人物の性格や心の動きを巧みに表現していたと思います。

一番驚いたのは、第3幕第1場です。テキストではTo be, or not to beで始まる有名なハムレットの独白に尼寺の場面が続くのですが、トレバー・ナンはハムレットの独白の場面だけを切り離して、第2幕第1場のあとに置いています。ここでBen Whishawの演じるハムレットは、睡眠薬の錠剤が入ったプラスティックケースとナイフを持って登場します。薬の錠剤を手のひらに載せ、『死ぬ。眠る・・・』とつぶやくところでは、若いハムレットの苦悩が見事に伝わってきました。

オフィーリアは高校生で、制服をわざとくずして着こなし、いかにも現代っ子らしい雰囲気を出しています。兄や父の忠告も、聞いてはいるけれど、あまり意に介していない様子。ポップミュージックにあわせて、ジーンズに丈の短いおへその見えるTシャツで楽しそうに踊るシーンもあります。父親のポローニアスが娘への説教のついでに、その短いシャツをひっぱっておへそを隠そうとする場面もあって、若い娘を心配する父親の気持ちがあらわれており、面白いと思いました。このように無邪気で、恋に純粋な娘が狂気に陥っていく様子が、この演出では段階的に表現されていました。まずハムレットに「尼寺へ行け」といわれる場面では、彼の変貌にただ言葉もなく驚くだけです。テキストでは「ああ、気高いご気性が壊れてしまった!・・・」というオフィーリアのせりふが後に続くはずですが、トレバー・ナンはこれを、もっと後ろに移動させました。

王の前で芝居がおこなわれるシーン、ハムレットは多くの人のいる前で、オフィーリアを困惑させるような行動に出たり、誤解を招くような言葉を発したりします。このあとにオフィーリアの「ああ、気高いご気性が壊れてしまった!・・・」というせりふが出てくるので、彼女の絶望がよく理解できます。そしてほとんど間をおかずに、ハムレットがポローニアスを殺害する場面となります。今回の演出では、発見されたポローニアスの死体が舞台に登場し、オフィーリアがそれと対面するシーンが加えられています。父の死が彼女を狂気に追いやる最後の一撃となったことが納得できます。

またクローディアスの性格を示唆するような演出が、ポローニアス殺害後の場面にあります。クローディアスは王妃の部屋で、床に飛び散っている血を手際よくふき取り、倒れたつい立てを元に戻し、瞬く間に、乱れた部屋を何事もなかったように整えます。その冷静沈着ぶりが、謀略にたけた人物であることを印象付けます。またハムレットにイギリス行きを言い渡す場面では、護衛に捉えられて抵抗できないハムレットに、殴る蹴るの暴行を加え、残忍な面を見せています。

ガートルードは、自分の人生を充実させることに一生懸命で、息子を愛してはいるけれど、その苦悩の深さまでは理解できない女性として描写されています。テニスウエアにラケットを持ち、コーチと一緒に登場したり、お付きの女性と共に有名ブランドの紙袋をたくさんかかえてショッピングから帰ってきたりと、細かい演出が光っていました。

今回のハムレットが上演されたのは、The Old Vicという劇場です。John Gielgud、Laurence Olivier、Richard Burtonといった名優が、ここでハムレットを演じてきました。デイリーテレグラフ紙の劇評は今回のハムレットを「The Old Vicで新しい伝説が生まれた」と絶賛しています。現代の観客に訴える力を持つ、魅力的なハムレットでした。

04・6・20   目次へ