ロンドン通信 111


      D-DAYから60


D-DAYとは、英国、米国、カナダの連合軍がナチスドイツに対して行った、起死回生の大作戦です。194466日に決行されたこの戦いは、ノルマンディー上陸作戦ともよばれ、英国の人にとって、第二次世界大戦中で最も印象深い戦いとなっています。

当時はナチスドイツがフランスを占領し、欧州大陸での覇権を握り、英国をも脅かす勢いでした。英国は米国、カナダと力を合わせ、反撃の機会をうかがいますが、ドイツ軍はフランスからデンマーク、ノルウェーにいたる海岸線沿いにAtlantic Wallという防御壁を築き、万全の備えをしていました。特にイングランド南岸と海峡を接して向かい合っている地域には、上陸を阻止するための様々な手段が講じられていました。

連合軍の課題は、ドイツ軍が準備している迎撃策をすべて打破し、上陸を敢行して、ベルリンを目指して進軍することにありました。第二次世界大戦の流れを大きく変えるこの作戦には、準備に3年の年月を要し、D-DAY当日には15万人がこの作戦を成功させるために力を合わせました。

今年は特にD-DAY60周年であるため、テレビでも特集番組が数多く組まれています。私は歴史的事実としてのノルマンディー上陸作戦については知っていても、その場にいた人たちがどのような思いであったかについては知る機会がなかったので、特集番組を見て、英国の人たちの戦争に対する感じ方を、少しでも知ることができたように思います。

私が一番興味深いと思う番組は、BBC1で5週間にわたって放映されている『Destination D-Day: the Raw Recruits』です。これは今流行の視聴者参加番組の手法を取り入れています。60年前のノルマンディー上陸作戦に参加した若者が経験したのと同じ戦闘訓練を、現代の若者に経験させたらどうなるかというのがテーマで、18歳から25歳までの若者24人が訓練に挑んでいます。当時の兵士の多くが民間人であったように、この若者たちも職業軍人ではない一般人です。戦争に懐疑的な者も含まれています。訓練を指導するのは職業軍人、これに加えて実際にD-DAYを戦った老兵たちが訓練を見守り、時には苦言を呈したり、また昔の思い出を語ったり、落ち込んでいる者を励ましたりします。

訓練初日は兵舎と自分の持ち物の整理整頓、それに体力づくりのためのランニングでしたが、すでに2名が脱落しました。ひとりは軍服のアイロンがけがどうしてもいやだというのが理由。もう一人は足が痛くて走れないというのが理由。(実際は軽い捻挫にすぎなかったのですが)老兵たちは「自分たちのころは、いやだから家に帰るっていう選択肢はなかったね。それに兵舎の整頓はもっと厳しかったな。埃がすこしでもあったら怒鳴られたもんだ。」と語り合っていました。

日を追うごとに訓練は厳しさを増します。それでも実弾が飛んでくるわけでもなければ、いざとなれば訓練をやめて家に帰ることもできます。そこで若者たちは、60年前の若者たちがどのような犠牲を払ったのかを実感するようになります。また戦争を始める愚かさを、身をもって感じるようになります。戦争を美化するのでもなく、兵士を英雄視するのでもなく、現代の若者の目を通じて、一般人が経験した第二次世界大戦を振り返る、BBCの好企画だと思います。

この番組の詳細は、一般の人々から募集した第二次世界大戦の体験手記とともに、WW2 Peoples Warというタイトルでウエブサイト上に公開されています(www.bbc.co.uk/dna/ww2。この番組は、あと2回の放送が予定されています。どのような展開になるか興味深く思っています。

写真: D−DAYから60年後の平和な水辺の風景

04・5・25     目次へ