ロンドン通信 107
 
             BIG READ 最終結果発表
 
ロンドン通信104でご紹介したTHE BIG READの最終投票結果が12月13日に発表され、JRRトールキン(JRR Tolkien)の 「指輪物語(The Lord of the Rings)」が英国の愛読書第1位に選ばれました。この結果に、「映画の人気が影響したためで、純粋に本の人気とは言えない」と不満を表明する人や、「愛読書を投票で決めること自体がナンセンス」と批判する人もありますが、とにかくのべ75万人あまりが投票に参加し、トップ21に選ばれた本の売上げが期間中33倍に跳ね上がるなど、英国中で読書への関心が盛り上がったのは間違いありません。私にとっても、英国人はどんな本が好きかを知るまたとないチャンスになりました。
 
第2位はジェーン・オースティンの「高慢と偏見(Pride and Prejudice )」。文芸評論家の間では、これを英国小説の最高峰とする人が多かったようです。「知性溢れる文章と確かな人物描写はシェイクスピアを思わせる」と絶賛されていました。私が初めて読んだときは、なんて関係代名詞の使い方が上手な文章だろうと思いました。形容詞の選び方にも感心させられました。英国の批評家が「無駄のない完璧な英文」と称賛しているので、英語の好きな方には、原文で読むのがお奨めです。
 
第3位はフィリップ・パルマンの「ライラの冒険シリーズ(His Dark Materials)」。3部構成の大長編で、完結編が2000年に出版されている新しい本です。邦題から想像されるように子供向けのファンタジーの形を取っていますが、そこに込められたメッセージは、大人の読者にも読み応えのあるものとなっています。原文のタイトルHis Dark Materialsはミルトンの叙事詩「失楽園」からとられたもので、天地創造、誘惑、天使の反抗などをミルトンとは異なった角度から描いています。英国内のキリスト教会の一部では、この本を教会の教えに反するものとして、読むことを禁じたところもあるそうです。論議を巻き起こすこの物語、THE BIG READの期間中、本の売上げでは第1位となりました。
 
第4位はダグラス・アダムスの「銀河ヒッチハイクガイド(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy)」。日本ではあまり馴染みのない本ですが、1978年に放送が開始され大ヒットとなった、BBCのラジオショーから生まれたベストセラーです。サイエンス・フィクションと英国風のブラックユーモアが一体となっています。本の出版後も、テレビドラマ化、ウエブサイト開設、コンピュータゲーム発売などにより人気は衰えることなく、熱狂的なファンがたくさんいるようです。
 
第5位はJKローリング(JK Rowling)の「ハリー・ポッターと炎のゴブレット(Harry Potter and the Goblet of Fire)」。文芸評論家たちが「この本がこんなに売れるとは予想外でした。幸運ということでしょうか。」と口を揃えていたのが印象的でした。
 
第6位にはじめてアメリカ文学が登場します。ハーパー・リー(Harper Lee)の「アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)」。これは1930年代の米国南部で、人種差別の偏見に一人で立ち向かう白人弁護士の姿を少女の目から描いた社会派の小説です。エンターテイメントが主流のTHE BIG READ でこの本がこれだけの支持を集めることに、英国の良心を感じます。多人種が共存している英国社会を反映しているのかもしれません。
 
第7位はAA ミルン(AA Milne)の「クマのプーさん(Winnie the Pooh)」。1926年に出版されたこの本は、子どもたちと65歳以上の人々から強力な支持を受けています。THE BIG READ の番組に登場した中年のコメディアンは、「小さい頃、母がベッドの脇で毎晩この本を読んでくれました。登場する動物たちの声色をそれぞれ使い分けて読んでくれたのを今でもよく覚えています。それ以来これが僕の一番の愛読書です」と語っていました。プーさんが大好きになった子供が成長して、今度は自分の子や孫に読み聞かせている、しかもそれを楽しんでいる姿が目に浮かびます。世代を越えて愛されるこの本は、英国のベッドタイムストーリーナンバーワンかもしれません。
 
最後に、第11位となったジョセフ・ヘラー(Joseph Heller)の「キャッチ=22 (Catch-22)」をご紹介します。第2次世界大戦を題材にした強烈なブラックコメディーですが、この本によって“catch-22”という英語の表現が生まれ、現在ではすっかり定着しています。友人たちが時々日常会話の中で“catch-22”を使うので気になっていましたが、今回そのルーツと影響力の大きさが納得できました。逃れようのない不条理な状況、八方ふさがりの状況を、That’s catch-22. と表現します。小説では戦闘に参加したくない兵士が主人公で、「狂気なら戦闘を免除されるが、狂気という届けを出すと正気と判定されるから、どのみち戦闘参加となる」という軍規に翻弄されます。
 
(写真はTHE BIG READ のマスコットであるbookworm〔本の虫〕)

03・12・18   目次へ