ロンドン通信 105


 
       無人島に持っていく本



 
BBCラジオの長寿番組の一つに、Desert Island Discsというのがあります。1942年に放送が開始されたこの番組は、司会者も3代目となっています。毎週各界の著名人を一人ずつゲストに招き、無人島に追放されることになったら持っていきたいレコードを8枚選んでもらい、それを聞きながら、曲の合間にゲストの人生や仕事について語ってもらうという番組です。マーガレット・サッチャー、ジョン・メイジャー等の元首相も、トニー・ブレア現首相も、すでにこの番組に登場しています。
 
番組の最後はこんな質問で締めくくられます。「無人島には、聖書とシェイクスピア全集を持参できますが、これ以外にもう一冊だけもっていけるとしたらどんな本を選びますか。」この一冊は詩集でも思想書でも辞書でも良いので、小説以外の本を選ぶ人も多いのですが、ベスト10のなかに小説が4冊入っています。トルストイの「戦争と平和」(第3位)、トールキンの「指輪物語」(第8位)ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」(第9位)ディケンズの「ディケンズ全集」(第10位)です。このうち3冊はTHE BIG READのトップ21にはいっていますが、圏外であった「不思議の国のアリス」がここでは9位ということで、アリスファンの方たちも納得がいくのではないでしょうか。シェイクスピア全集は別格というのも、英国らしい気がします。
 
さてTHE BIG READのほうは、これまでに40万人が投票に参加しています。英国人は賭が好きなので、このような投票があると必ず一位を予想する賭が行われます。昨年THE GREATEST BRITON(チャーチル元首相が一位)の投票が行われたときもそうでした。競馬やサッカーの賭を扱うBOOK MAKER(製本屋ではありません)が、こういった賭も一手に引き受けているのですが、今回はちょっと様子が違っています。トールキンの「指輪物語」が投票開始早々から圧倒的な強さを発揮し、ついに賭が成立しなくなり、BOOK MAKERも賭の販売をあきらめてしまいました。「指輪物語」は三部作で、学習用の辞書ぐらいある分厚い本ですが、一昨年から一部ずつ順に映画化され、今年のクリスマスに完結編が封切られる予定です。映画の方も3部構成、各編の上映時間が2時間を超える超大作です。日本では「ロード・オブ・ザ・リング」というタイトルで公開されています。「指輪物語」は1954−56年に初版が出て以来常にベストセラーですが、映画の公開でさらにファンが増えているのでしょう。
 
途中経過の第二位は、女性の圧倒的な支持を得ているジェーン・オースティンの「高慢と偏見」です。1813年初版という古い本ながら、英国女性の心をとらえて離さないこの小説は、中流階級出身のエリザベスが理想の結婚相手と結ばれるまでを描いています。しかしこれは単なるラブロマンスではありません。結婚を決めるのに、互いの愛情よりも家柄、社会的地位、経済力が重んじられた時代、本当に愛し尊敬できる人と結ばれたいと願うエリザベスが、世間の目や結婚への重圧、親戚との確執、金銭問題、母親との葛藤、妹の駆け落ち、他人からの中傷などに悩みながら、明るく前向きに進んでいく姿が印象的です。私の友人の一人がこう話してくれました。
「私の一番好きな本はやっぱりPRIDE AND PREJUDICEよ。落ち込んだときには必ずこの本を引っぱり出してきて読むの。気持ちが明るくなるから。1年に1回くらいは読むと思うわ。」
 
作者のジェーン・オースティンは、小説の主人公のように幸運ではありませんでした。愛した人には経済力がなくて結婚できず、のちに社会的地位のある人から求婚されますが、愛情に自信がもてなかったのか申し出を断ってしまいます。生涯独身で創作活動に意欲を燃やしますが、自分の作品が成功を収めるのを見届けることもできず、42歳の若さで病没してしまいます。こんな作者の薄幸の生涯も、この小説の人気の秘密かもしれません。
(写真はジェーン・オースティンが死の間際まで住んでいたハンプシャーの家)

03・12・1      目次へ