鈴木真理のロンドン通信 No.100

                                              教室ではできない経験を!

娘の通う学校では毎年秋に、みんなが楽しみにしている行事があります。ハイスクー
ルの全校生徒が小グループに別れ、先生と一緒に普段の学校生活ではできない経験を
するものです。ロンドンをベースにするものから、ヨーロッパの各地に出かけるもの
まで、内容は様々。10月中旬の4−5日に渡って実施されます。今年は26種類のコース
が企画されました。9月に新学年が始まると、生徒たちはコース紹介のパンフレット
を受け取ります。この中から自分の好きなものを選ぶわけですが、各コースには定員
があるので、人気のあるものは抽選で参加者が決まります。

この行事には、いくつかの目標が設定されています。「普段の学校生活では得ること
のできない知識を得、学友、教師との親交を深め、英気を養う機会を提供することに
より、生徒の経験を幅広く豊かなものにする」「学問は教室の中だけのものでなく、
外の世界につながっていることを確認する」「技能を習得させ、生徒が一生を通じて
財産にできるような、熱中できるものを獲得できるよう促す」「ヨーロッパ、英国、
ロンドンという学校の地理的条件を最大限に生かす」などがその主なものです。

実際にはどのようなコースがあるか、いくつかご紹介しましょう。ロンドンをベース
にするものとして「ギター、キーボードなどを使って、プロのミュージシャンから、
ブルース、ジャズ、ロックなどの演奏テクニックを学ぶ。スタジオでの演奏会も実
施。ロンドンにある音楽関連の名所も訪問」「上手な写真撮影の技術を学ぶ。ロンド
ンの風景を写真にとり、自分で現像、焼き付けを行う」「ヨガの入門コース、心と体
をリラックスさせよう」。英国内でのプログラムとしては「英国南端コーンオール地
方で、スキューバダイビングレッスン」「湖水地方で筏やカヌーに乗ったり、ザイル
を使って山の斜面を下りるなど、アドベンチャーに挑戦」「ウェールズ地方でハイキ
ング」があります。ヨーロッパを舞台とするものは「トスカナ地方の美術探訪」「ブ
ダペスト歴史探訪」「火山と氷河の島アイスランド探訪」「フィレンツェ・スケッチ
旅行」「フランス南岸のハイキングと自炊生活。シャワーなし、寝袋持参」「アルプ
スでの野外アドベンチャー」「フランスの浜辺で砂の上をセーリング。フランス料理
のレッスンや観光つき」など、15種類が用意されています。

どれも魅力的で、私も参加したくなるようなものばかり。生徒は第1から第5まで希望
を出します。娘は運良く第1希望のコースに参加できることになりました。ポーラン
ドの古都クラクフを訪ねる旅です。生徒22人を先生3人が引率してくださいます。ク
ラクフは中世の尖塔やルネッサンス時代の建物がそのまま残る美しい街ですが、郊外
にはナチスが建設した悪名高いアウシュビッツ収容所があります。映画「シンドラー
のリスト」で知られるようになったオスカー・シンドラーが、ユダヤ人労働者を使っ
て事業経営を行っていたのもこの街です。

4泊5日の旅に出かける準備として生徒たちは、アウシュビッツから生還した男の子の
回想録であるNightという本を読みました。クラクフでは古都の雰囲気を味わい、
ポーランド料理や民族音楽、ダンスを楽しみましたが、旅行のハイライトはアウシュ
ビッツの見学でした。当時のまま残されている建物を見ても、そこで過ごした人々の
本当の苦しみはなかなか伝わってこないし、600万人もの人々が犠牲になったホロ
コーストを実感するのは難しいと娘は言います。しかし、この問題を深く考える1つ
のステップになったことと思います。生徒のなかには、アウシュビッツで生き延びた
老人に出会った人達もいました。この老人は収容所で家族をすべて失いましたが、戦
後米国に渡って新しい生活を始めたそうです。人生が終わりに近づいた今、自分の生
きた証として、また犠牲になった家族の追悼のため、もう一度アウシュビッツを訪れ
なければとやって来たそうです。教室ではできない充実した経験と数々の思い出を胸
に、娘は元気に帰ってきました。

03・10・20       目次へ