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4月と言えば、シェイクスピア 23日の「シェイクスピアの日(命日で誕生日とも推定されている)」に、僕たち “雑司が谷の森”のホームページが始まりました。「シェイクスピアの日」が、僕たちの会の新たな記念日ともなりました。 ホームページ開設によって、日本の、東京の、そのまた一角の雑司が谷で、シェイクスピアの原文を読み込んでいる社会人たちの存在が、広い世界に知られるようになります。 IT時代では、ホームページを持たないグループは、活動していないと同じだと、アドバイスされたことがあります。宮垣 弘さんのご協力で、「雑司が谷 シェイクスピアの森」が、世界に向けてメッセージを発信できるようになったことを、嬉しく感じるとともに、その責任と今後の更なる知識吸収の必要性を、今、痛感しています。ホームページにアクセスしてくれる人は、“VISITOR”であり、案内するのは僕たち“FORESTER”の役割です。これからはメンバーひとりひとりが、まさにその“FORESTER(森番)”となって、訪れた人たちを満足させられるような“庭”や“林”を作って、丹精をこめて僕たちの“森”、「シェイクスピアの森」を作っていきましょう。 ロンドン在住の鈴木真理さんも、定期的に寄稿してくださります。本場イギリスの息吹を取り込める、貴重な情報を発信していることに誇りを持つとともに、ぜひ皆さん自身も耳を傾けて感性を磨いてください。 16世紀、「夏の夜の夢」では、パックが地球を一周するのに45分かかりましたが、21世紀の今日では、僕たちは瞬時に地球を回ってそしてその素晴らしさを自分の中に 取り込むことができます。それがIT社会です。 僕たちのこれからの課題は、発信する全ての情報を共通語である“英語”にすること。 そうすれば、世界中から注目されるグループに、きっとなれます。期待しています。乾杯! |
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GWに、あなたは充分眠れましたか? しかし一方で、眠りの喜びを享受することができない人間への深い洞察も見逃せない。シーザーの暗殺を決意して眠れない夜を過ごすブルータス。その傍らでぐっすりと眠る ルーシアス。ブルータスの深い苦悩が滲み出る場面だが、ここでは心の煩いが描き出す 悪夢が、いかに人間の眠りを妨げるかを表現している。あるいはヘンリー5世は、王としてのあまりの重圧がストレスとなり、苦しみながらも眠れぬ日々を過ごす。が、一方で シンベリンのベレーリアスの台詞には「疲れた時は石の上でもいびきをかくが、休んで怠けると、羽の枕も固くて眠れぬものだ」(小田島雄志訳)とある。眠れないのは、まさに怠けている証拠というわけだ。 さて長い休暇中にそれでもあなたが眠れなかったとしたら、その本当の理由はあなたがヘンリー5世だから?それとも・・・? |
| 身の周りの“シーザー”を探せ! 先日、妻とイタリアンレストランでメニューを見ていたら「シーザースサラダ」と;あった。かのジュリアス・シーザーと何か関係があるのかと思い、どんなサラダなのかとウェイトレスに尋ねると、チーズをベースにしたドレッシングの野菜サラダとのことで、ちまたではすっかり定番のイタリアンメニューらしい。せっかくだからとオーダーしたが、今度はなぜそう呼ぶのか由来も気になり、シェフに訊いてみた。「イタリアにあるシーザースホテルのオリジナル・サラダなので、このように名づけられました」というのがシェフの答。そのホテルとは、おそらくローマにあるのだろう。 |
| 勇敢なる母たちへ、ジュリアス・シーザーより愛を込めて? 今年もまた『母の日』には無数のカーネーションが街を彩るけれど、そのカーネー ションが、実はジュリアス・シーザーと深いかかわりがあるということを知る人は、案外少ない。カーネーションは、シーザーの軍隊がイギリスを征服した紀元前55年にローマ軍の兵士がイギリスに持ちこんだ花だと言われていて、語源はラテン語の
corona(花輪)。 ローマ時代に花輪を作るのに用いられたからだという。現在でも、カーネーションの別名はJuly
flower。Julyと言えばJulius Ceasar の誕生月だったことからそう呼ばれた月。となると、カーネーションは我らがジュリアス・シーザーの花と言えるのだ。シーザー軍が「ガリア」遠征でヨーロッパ諸国にもたらしたものは多いが、どうやらカーネーションもそのひとつだったようだ。 母の日には感謝を込めてカーネーションを贈るものだけれど、今年は少しだけ2000年以上昔の歴史にも想いを馳せてみよう。それにしても「父の日」にではなくあえて 『母の日』に、あの勇ましいシーザーとかかわり深い花を贈るなんて、かなり的を得た 粋な習慣だと感心するのは僕だけだろうか……? |
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シェイクスピアに年齢制限はない! シェイクスピアの面白さが分かってくるのは50歳を過ぎてから、とは良く言われることだ。しかし皮肉なことに、シェイクスピアには青春を称えた台詞が多い。老人については、寄る歳波とともに青春の美しさは消えて醜くなる、と考えていたようだ。「歳を取り、からだが醜くなるにつれて、その心まで腐ってゆく」(4幕1場、小田島雄志訳)というプロスペローの台詞がある。 5月22日は坪内逍遙の誕生日。逍遙は日本人として初めて個人訳「シェイクスピア全集」完成という偉業を残した。しかし驚くべきことに、逍遙がシェイクスピア翻訳に取り組んだのは50歳を過ぎてからだった。もちろん、「ジュリアス・シーザー」の初訳は東京帝国大学の学生の時に取り組んでいたし、「ハムレット」などは40代に訳している。けれど集中して本格的にシェイクスピア翻訳に取り組んだのは、むしろ60歳を過ぎてからだったという。60歳を過ぎた逍遥。老年にさしかかった彼に、翻訳という莫大なエネルギーを与えたのは、生き生きと若さを称えるシェイクスピアの台詞達だったにちがいない。 シェイクスピアに年齢制限はない。あるとしたら、若さの素晴らしさを実感できないほど“若い人”ならば、何年か経ってからもう一度読みなさい、ということくらいだろうか。 |
| 両刃の剣 芝居を見ない、音楽を聞かない人間は危険だ、とシーザーは言った。「ヴェニスの商人」のロレンゾにも同じような台詞があり、もっと過激に、謀叛、策謀、掠奪などをする人間だとまで言い切っている。シェイクスピアは音楽好きだったためか、音楽にまつわる台詞は多く、その数は500を超える。中でも、僕にとってはMeasure for Measure「眼には眼」の、マリアナと公爵のやり取りが印象的だ。「音楽を楽しみますのは
/ 喜びではなく悲しみのときなのです。」とマリアナ。これを受けた公爵は、「もっとも音楽には魔力があり、それが
/ 悪を善に変えるのみならず善を悪に駆り立てもするが。」 音楽をこよなく愛したシェイクスピアが、「善を悪に駆り立てもする」と認めたことが、深い。どんなものにも光と影があり、そしてそれは一瞬にして姿を翻すものだ。そんな 鋭い洞察をしたシェイクスピアだからこそ、「音楽」についても手放しで絶賛しなかったことが、同じ音楽好きの僕の背筋を正した。愛する旋律に潜む「狂気」。それを承知した上でなければ、本当の美しさもまた、理解できないのかもしれない。 日が暮れる頃、モーツァルトの交響曲40番を聴きながら、この曲の中に在る「無限の芸術性」と「狂気」を同時にかみしめた。 |
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ネパール王宮事件は、現代版ハムレットか? ネパールの王宮で惨劇が起こった。皇太子が国王夫妻らを射殺した後で自殺をはかり、危篤状態であったが、新王に即位したものの、死去し、前国王の弟が即位した。白き神々の峰、ヒマラヤ山脈の麓に広がるネパール王国。敬虔なヒンズー教国の宮廷で何があったのか。結婚問題が発端だと報道されてはいるが、国王と皇太子との対立の背景には、ネパールの複雑な政治問題がからんでいるとも言われている。ネパールでは150年ほど前にも王宮内で対立があり、殺害し合うという悲劇が起こっている。 このニュースを最初に聞いた時、僕は「ハムレット」の結末の悲惨な光景を思い浮かべずにはいられなかった。「この屍の山は無残な殺戮を物語っている。おごれる死よ、あの世でどんな饗宴を開くというのだ。王侯貴族のいのちをこれほど多く、ただの一撃で奪い去ったとは!まことに痛ましい光景だ」。たとえ民族や時代は異なっても、人間の中に潜む憎しみは変わらないものなのだろうか。「悪事は必ずあらわれる。たとえ大地が覆い隠そうとしても、あらがえないのだ」とは、ハムレットの台詞である。しかしハムレットの悲劇は800年前のデンマークで終わったわけではない。僕たちが人間である以上、もしかしたら明日、ほんの身近でも形を変えて起こるかもしれない、“永遠の悲劇”なのだ。 |
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本物か偽物か、それが問題だ! 本物と偽物とを取り違えたことによって悲喜劇が起こる、という手法はシェイクスピアのドラマ作りではしばしば効果的に使われる。2組のそっくりさんが入りみだれてドタバタと混乱を巻き起こす「間違いの喜劇」。また「十二夜」では、双子の兄妹(しかも妹は男装している)が実は取り違えられていたことが発覚し周りの人間が驚嘆する最後の場面も有名だ。「ひとつの顔、ひとつの声、ひとつの服、そしてふたつのからだ。自然が作りなした鏡だ。ありえないものがある!」 そういえばシェイクスピア39歳の肖像画なるものがカナダで発見され、本物か偽物かをめぐって最近、英米の研究者たちの間で盛んに議論されている。なんでも縦42cm、横33cmの色彩画らしいが、政府関係機関が8年かけて鑑定した結果、1600年代のものと判明し、エックス線検査でも不審な点は見つからなかったという。そこで地元新聞が特ダネとして報じたわけだが、カナダと米国では判定不能説、英国では偽物説まで出ている。 “間違い”から起こるさまざまな人間模様を描いたシェイクスピアだが、400年後の自分自身が、まさに世界中を巻き込んでそんなドラマの“主人公”になるとは、さすがの彼にもおそらく描けない、皮肉な筋書きではないだろうか? 関連記事: 朝日新聞 Japan Times |
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小泉首相は、「夏の世の夢」のパックか? 内閣支持率が80%以上という近年まれに見る“異常”事態が続いているが、そんな小泉人気をニュースで聞くたびに僕は、彼と「夏の世の夢」のパックがダブって見えてしかたない。 パックは、妖精の王 オーベロンの忠実な手下にすぎなかった。しかしお茶目でいたずら好き、そのキャラクターからみんなに愛され、“惚れ薬”を自在に扱い、人間をあっけらかんと恋に落とすことが出来た。「あちらへこちらへ思うまま、迷わせてやる思うまま、俺は天下のパックさま!」。人間に魔法をかけるとき、パックはこう言った。今の小泉さん人気も、あたかも彼が僕らに“惚れ薬”を振りまいているかのようだ。 さて実際、彼はパックなのか否か?彼にとってのオーベロンは存在するのかしないのか?残念ながら、今のところ僕には分からない。ただしシェイクスピアが描いた「夏の夜の夢」の舞台となったのは6月。まさに今の季節にパックは自由に飛びまわり、あちこちで珍事件を巻き起こした。「・・・つまらぬ夢を見たものだと。さすればきっとお怒りもおとがめもなくすみましょう。夢のようにたわいもない、お粗末きわまるこの芝居を、笑い飛ばしてお許しを」とパックは言うけれど、もし僕たちの“夢”が一瞬にして消えてしまうのだとしたら、そんなに簡単には許せないけどね。 |
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