アイルランドの細道  

出発

6月24日。5時に起きると、雨がよく降っていた。6時半、家の前からタクシーを拾って、渋谷に出た。これからアイルランドへ行くのだと言うと、年配の運転手は大変羨ましがって、アイルランドにはアイリッシュ・リネンという良い生地があって、それで作ったシャツを着るのが夢だと言う。そんなちょっと変わった運転手に「行ってらっしゃい」と明るい声で見送られ、成田エキスプレスの出るホームへ向う。
前日、荷造りをしてみると荷物が一つにまとまらず、メインのザックとサブサックと2つに分かれてしまったのは不本意だったし、咳が出るなど体調も今ひとつといった感じで、天気とあいまって、晴れやかな出発とはならなかったが、もう、前に進むしかなかった。

成田空港は思ったより人は少なく、搭乗手続も出国審査も待たされず、ゲートで、ウォーキング・シューズが引っかかり、脱がされた以外は問題なく、スムースに運んだ。サブザックは機内持ち込み用に丁度良かった。

KLM862便 成田発11:15 −16:10アムステルダム着

   KLM3159便 アムステルダム発18:00 − 18:30ダブリン着

これが往きの便で、一ヶ月後、逆の経路で、7月25日に帰国する便を予約しておいた。所謂格安航空券の期間は最長1ヶ月であるし、7月25日は私の72歳の誕生日に当たるのである。

成田では、サブサックからパソコンを取り出して、無線LANが使えるかチェックする。これからの私の通信手段はもっぱらこれに頼るので、メールが通じてほっとした。外は相変わらず雨で、空港内は薄暗かった。

搭乗するとスチュワーデスが、私の被っているカーボーイハットを上の収納箱に入れるのを手伝いながら、「立派な帽子ですね」と褒めてくれた。これはアメリカ製の本格的なもので、大きくて、日本の街中では恥ずかしくて被れない類のものである。機内は中高年の女性が多く満席だった。海外無線LAN「HOT SPOT」の設定をしたり、少しでも英語に耳を馴らして置こうと映画を見ながら、うつらうつらしているうちに、アムステルダムに着く。

空港内は閑散としていて、早速、片隅で無線LANへの接続を試みてみたが、うまく行かず、インターネットセンターがあったので、そこへパソコンを持ち込んだが、ここでも成功しなかった。料金は30分6ユーロで、備え付けのパソコンは日本語を表示するものの、日本語での書き込み方法が分らない。ヘルプ・デスクには人がいず、傍でパソコンを使っていた中年の男が手助けしてくれたが、結局うまくいかなかった。

ダブリン行きの搭乗はチェックが厳しく、やはり私の靴が反応した。機体は小型で、少し古びており、オランダ語と英語で話す2人のスチュワーデスも決してうら若いとは言えず、彼女たちの話は聞き取れなかったが、なんだか家族的な雰囲気なので、なんの不安もなかった。日本人は私一人だった。

眼下は、太陽の強い光の下に、雲が羊群のように広がり、その切れ目からイギリスの海岸線や原野が見え、それがやがてアイルランドの、緑のパッチワークの大地へと変って行った。飛行時間は1時間半、時差があるので時刻は30分しか進まない。

ダブリン空港は極く普通のもので、驚くものはなく、混雑もなく、荷物が出てくるのを待っていると、傍の男が、貴方のバックはもう少し先のレーンから出てくると教えてくれた。どうして私が間違ったレーンの所に立っていることが分ったのか不思議である。

空港を出ると強い日差しが眩しく、被っているカーボーイ・ハットが丁度良かった。バスのたまり場で、都心行きのバスのことを聞くと、Airlinkという6ユーロの直通バスの乗り場を教えてくれた。道中、あちこちで建設のクレーンが目に付く。30分ほどでダブリンの中央バス・ステーションに着き、宿はここから数分のところあり、あらかじめ地図で確認していたので難なく探し当てた。


ザ・タウンハウス

ケルト

この宿は「ザ・タウンハウス」といってB&Bとホテルの中間ぐらいで、ゲストハウスと呼ばれるタイプのもである。7つ以上部屋のあるB&Bはそう分類されるそうである。建物は200年前のもので、元は、小泉八雲が少年の頃住んだこともあるという、八雲の叔母さんの住まいであった。八雲ファンの私は、ダブリンではここで2泊する積りで、インターネットで予約しておいたもので、直接予約しようとメールでやり取りしているうちに、ホテルの人が、直接ではなく予約サイトから申し込んだ方が安いことを教えてくれた。宿の方には不利になる情報をよくぞ提供してくれたものだ感心した。一泊70ユーロ、都心では高いとはいえない。その後、新しく建て増された部分もあるが、受付も私の泊った部屋も元の部分で、天井が高く、私はその古さと清潔さに満足した。

シャワーを浴びて、夕食を取ろうと、受付(ホテル並みのフロントがある)のマーチン・グリフスさんという人のよさそうなオジサンにどこか良いパブはないかと聞くと、迷うことなく、「ケルト」が良いと教えてくれた。宿を出て、次の角を左に曲がった所に、「ケルト」があって、入って見ると、余りにも私が頭に描いているパブの佇まいなので苦笑してしまった。5,6人座れるカウンター席に、テーブル席もいくつもあって、30人は入れるかもしれない。常連客やら旅行者やで満席に近かった。ちょっと煤っぽく、古いセピア色になりかかったポスターが貼ってあったりして、初めてなのに懐かしい感じがする。ギネス、1パイント4ユーロ、味は甘味が抑えられ、すっきりとした苦味であった。何を食べたかよく覚えていないが、満足して宿に帰った。一体私は何を食べたのだろう?

宿でパソコンをネットに繋いで、家族へ連絡用にもなる掲示板「アイルランドの細道」に書き込みをしたら、はるばる来たなという思いと送り出しくれた家族への感謝の気持ちが湧いてくる。やがて、睡魔が襲ってきた。何しろ朝5時に起き、地球の反対側に来て、アイルランドでは午後8時なのだが、時差が9時間あるので、家を出てから24時間経っているのである。



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