アイルランドの細道

クルシェーンーエニスークレア

今日の最大の課題はキャッシュ・カードを取り戻すことである。
女主人のアンさんが、銀行は10時からだから、出発は9時半しましょうと決めてくれた。パスポートは持ったかと確認され、大型のトヨタに乗った。昨日一日かけて歩いた道を遡るのだが、このあたりは制限時速100キロだから、ゴートまで20キロは訳ないのである。運転するアンさんの横顔が頼もしく見える。しかし、早いだけに、車から見る外の景色は心に伝わってこない。開店3分前に銀行へ着く。もう、先客が1人いて、私の後にもすぐ数人並んだ。月曜日の朝は銀行が込むとアンさんが見込んでの処置は適切だった。
窓口で若い女性の銀行員に事情を話すと、すぐATMの後ろ側の箱を開けて、カードを取り出してくれた。名前を聞かれただけで、あっさりと渡してくれ、あっけなく一件落着。心の余裕も出来て、この窓口で両替もしてもらった。
10時40分には宿に帰っていた。現金の足りいない私を信頼し、夕食も作ってくれ、朝から銀行に連れて行って呉れたアンさんにはお礼に50ユーロ差し上げ、11時にはもう歩き出していた。
2時間歩いて、エニスの町に着く。シャノン川を渡り、右に折れ、13世紀に建てられたというエニス修道院の横を通り、タウンセンターへと向かう。古い街道の狭い町筋には沢山の人出で、赤や緑のペンキの塗られた店舗が古いたたずまいを残しているので、郷愁を誘う。昼食は旅行案内所の近くのレストランで、夕食のつもりでたっぷり食べた。B&Bでは普通は夕食が期待できないからである。たっぷりと言っても、本日のスープ、サラダ、ワインであるが、満足する味だった。店の前で、青年がギターを上手に奏でていた。音楽が好きでこの道に入ったのであろうが、これで食べていくには厳しいと思われた。コインをあげた。
博物館前の中庭のベンチに腰を下ろしていると、乳飲み子を連れた母親が、横にやってきて、煙草をすいながら物乞いしたが、取り合わないでいると去って行った。2時に、クレア博物館の中にある旅行案内所が開き、アイルランドでは珍しくほっそりとして長身の、美人の娘さんが私の条件を聞いて、B&Bはその辺には無いと言い、即座にホテルを予約してくれた。対応がさばさばしていて、ちょっと冷たい感じで、ここは都会だなと思った。以前に日本語学校で、ポッチャリした色白のアイルランド娘クレアさんがこの町出身だと言っていたのを思い出した。日本での就職が決まって、すぐにやめたので、教えたのは数回であったが、ジャガイモ料理を教えてもららい、実際彼女はそれを作って持ってきてくれた。
クレア博物館はクレア県ゆかりの物産が展示されていたが、余り興味が湧かず、少し歩いて、古い教会に入ると静かにオルガンの響きがして、数人が思い思いにお祈りをしていた。そこを出てもう町を離れることにした。由緒ある町のようなのだが、早く町の喧騒から離れたい気持ちになっていた。

リメリックに向かう道は、片方2車線のほか、歩ける部分の3メートルの幅があり、中央は低い壁で分離されていた。近代的なハイウエーを歩くことになる。しかし、少し目をずらすと、馬や羊のいる緑の景色が広がるので、私は満足して歩き続けた。
その広い道を3時間も歩き、うんざりし始めたころ、遥か前方の丘にホテルらしい2階建ての白亜の建物が見え、その現代的なたたずまいに、ちょっと嫌な感じがしたのだか、近づいてみるとやはり目的のホテルであった。ホテルの周りは子供の遊戯施設、大人のためのゴルフのグリーン周りがあった。ゴルフ客や子供連れのためのリゾート・ホテルとでも言うのであろうか、両親やおじいちゃん、おばあちゃんに連れられた来た子供たちで一杯だった。こんな所で夏休みを過せる子供たちは富裕層の子供たちだろう。ゲームコーナーもあった。ホテルの部屋はベッドが3つもある広いものだったが、私にとって大切な風呂には浴槽の栓が無かった。係りのものに言ったが、丁度あった栓が見つからないようだった。自分でビニール袋を工夫して栓をして、お風呂に入った。無心に長時間浸かった。
8時、ホテルのパブで夕食を取った。アイルランドでまだフィッシュ・アンド・チップスを食べていないのを思い出して、頼んだら、文句なしにおいしかった。カウンターに坐っていると、お父さん達がひっきりなしにキネスやビールやジュースを取りに来る。かいがいしく家族の面倒を見る父親の姿がそこにあった。私はバーのカウンターに坐っているので良く見えないのだが、背後のテーブル席では何十組かの家族がいて、子供たちの声が木霊する。子供たちは日本の子供たちより伸び伸び騒いでいるように思えた。外は暗くなっていた。
ロビーでは、インターネットへの接続が出来、ソファーに坐って何人かが、思い思いにパソコンを開いていた。帰国を余裕を見て10日延ばすことにして、家族へその旨連絡を取った。

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