アイルランドの細道

今日も奇跡が起きた。

朝食の後、いつもするようにサインをして貰ったら、こんな風に書き添えてあった。
「貴方は素敵な人、幸せそうだし若くも見える。安全な旅でありますように。
どうか、貴方が貴方を安全に故郷、家族の下に運びますように!Teresa O'Deen Kuraun House」
(後半は直訳)safeという言葉か2度出てきて、心配してくださっている気持ちが伝わってくる。

9時20分、B&Bのテレサさんとその娘さんに見送られ、宿を出た途端に雨となった。勿論、空模様から、雨具(上)を着用しているので、そのまま歩き出した。幸い小降りで、傘を差さずに歩いた。10時にキルコルガンの村を通過し、少し行くと、赤い車が止まり、娘さんが、乗せてあげましょうか?(直訳すると、助けて欲しいですか?)と声を掛けてきた。徒歩旅行していると言ってお断りした。ほとんど雨がちで、1時間毎に小休止しながら、ひたすら歩いた。12時20分アードラハンに着く。そこのレストランでギネスとトマトソースのパスタを取った。これがまたすばらしくおいしかった。そこに40分ほど居て再出発。空は明るくなったが、また雨が来た。雨の景色もなかなか美しい。

  愛蘭の女神のしとやにわか雨
    濡れて草食む黒馬親子


おいしいものを食べて、初めのうちは元気だったが、雨で半身濡れてくると次第に元気が無くなった。歩き出して7時間以上。目的のゴートの町に着いたのは5時だった。丘の上のちょっとした町で、レストラン、パブ、化粧品店など店が20軒近くありそうだった。宿がどこにあるか分からないが、2人の人に当たった情報から、どうやら3マイル先らしい。かなり草臥れてきたので、B&Bへ電話して、せめて荷物だけでも運んでもらいたい。しかし電話をどうやってかけるか?いつもするように、パブに入って対策を考えようと一軒のパブに入り、1パイントのギネスを頼んで、どっかりと腰を下ろした。
店の人は金髪の太った中年の女性で、常連らしい太った中年の男の人と話していた。彼女に何とか話しかけたいと思っていたら、女性はカウンターから姿を消した。男は携帯のメールを見ているので、この人に頼んで電話をかけて貰おうと近づいて話して見ると、一度東京へ行ったことがあると、すし屋の話が出てきた。メモを取り出して「実はこのB&Bに連絡したいのだが・・・」と切り出したら、それならカレンに頼んでやろうと言ったところに、金髪のカレンさんが戻ってきて、即座に電話してくれた。B&Bの女主人と知り合いだという。良いパブを選んだものだ。5分くらいして、今日の宿の主人へレンさんが元気よくドアを押して入って来た。カレンさんと陽気に軽口を叩いたあと、私を連れ出そうとする。私は「夕飯をこの町で食べて行くから、荷物を宿に運んで欲しい」と言うと、夕飯なら私が作ってあげると言う。B&Bが提供する夕食を食べた経験が無いので、喜んでその申し出に乗った。10分後には、その宿にいた。そこは街道より少し奥まった所にあった。
ヘレンさんは60歳、6人の子持ちだが、子供は皆独立し、夫は農夫で65歳・・・と色々話してくれる。快活で手際がよい。夕食は7時からなので、私はまず熱いシャワーを心行くまで浴びた。雨に濡れた体に心地よかった。窓から、にんにくと肉を焼くいい匂いが漂ってきて、丁度かっきり7時に下の食堂へと呼びに来てくれた。スープ、メイン・ディッシュはステーキに人参や玉ねぎ、勿論ジャガイモがつく。野菜サラダ。肉は正直のところ、窓から入ってきた匂いほどはおいしくなかった。隣の席でベルギー人の中年夫婦がお茶を飲んでいて、その旦那の方がしきりに話しかけてくる。あちらはお茶で、こちらは食事。ナイフとホークを使い、口をもぐもぐさせながらの応答は大変である。子供が大きくなり、やっと二人だけの休暇が楽しめるようになった。エニスを中心に1週間ほどサイクリングを楽しんでいると。男は銀行マン、奥さんの方は小学校の先生だという。デザートのケーキはおいしかったが大き過ぎて半分残した。食堂には子供たちの写真がたくさん飾ってあった。子供たちに向かって、忙しくて十分なことをしてやれなくてごめんね、といった内容の詩も飾ってあった。これは、6人の子を育てた母親の気持ちなのであろう。今はその子供たちの巣立った後の空き部屋と彼女に育児にかけたエネルギーの残りで、B&Bが営まれている。

食事の後、2つ課題があった。ひとつは、明日の宿を取ること。これはヘレンさんが地図とB&B便覧から、選び出し、明日も夕食付の宿を手配してくれた。元気で陽気に捌いたあと、このB&B便覧にwith love Helenとサインして私に呉れた。ゴールウエイでガイドブックを失しているのでありがたかった。
もうひとつの課題は、インターネットへの接続である。LANケーブルは差込口のサイズが違いうまくいかなかった。彼女のパソコンを使わせてもらったら、日本語が読めるので、それなら、わたしのパソコンのデータをフラッシュ・メモリーで持って来ればとやってみたが、うまくいかなかった。他人のパソコンは意外とうまくいかないものらしい。あまりいじって彼女に迷惑をかけてもいけないので、断念した。居間では寡黙そうな農夫の主人が大型テレビの画面を見ていた。

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