アイルランドの細道

バリンロッホを経てベリーハウニスへ

西は青空、東は雨雲でもう降り始めている。変な天気だが青空が見えるのは嬉しい。
9時46分、B&Bを出発。青空が広がりはじめ、昨日の歩行距離が短かったため、体が少し休まったのであろう、足取りが軽い。元来たカッスルリーへ戻り、国道N60に沿って西へ歩く。交通量が少ない。Thanks God!Today is Sunday!少なくともトラックはほとんど通らない。左右の景色は昨日、一昨日に比べまた良くなってきた。モネやピサロなど印象派の画家たちが描いた田舎の風景は掃いて捨てるほどある。天気が15分ごとに変化する。晴れ、曇り、雨、風雨、晴れ・・・
風が西から雨雲を次々と運んでくる。向かい風の吹き降りのときは、下半身がぐっしょりとなるが、履いている水野の登山ズボンはべたつかず、具合がいい。風雨が前から来るときより、横から来る方がつらい。車を避けたりしながら歩いているので、横からの風はバランスを失い易い。そんな時には杖が威力を発揮した。
キャッスルリーとバリーハウ二スの中間点のバリンロッホに付いたのは、歩き始めて、3時間以上経った、12時50分だった。少し前から明るい日差しが差していた。ここにはレストランやホテルがあるので、昼飯が食べられることを楽しみにしていたのだが、10軒ほどある商店は日曜日とあって皆閉まっていて、町が眠ったように人気が全くない。雑貨屋兼バーというのがあって、ドアを押すと開くので入って見ると、雑貨屋の店内には誰もいない。その奥にバーがあるらしく、そこのドアーを押すと、10数人の男たちがカウンターを占領して話が沸いている。日本の飲み屋と同じ賑わいがそこにあった。教会の帰りなのであろうか?皆こざっぱりした格好をしていた。私は探し当てた自分の嗅覚に満足して、カウンターの反対側の、中庭に面した窓側に付けられたカウンターに陣取って、大きな声でギネスを注文する。カーボーイハットを被り、大きな荷物を背負ってのっそりと彼らの聖域に闖入したものだから、カウンターの男たちは私が気になって仕方がないようだ。地図を眺める振りをしながら、まわりの雰囲気に溶け込んで行く。この町で昼飯を食べるつもりだったことを思い出し、何か食べるものはないかと雑貨屋の方へ行くと、雑貨屋も兼ねているらしいバーテンダーが付いてきて、何が欲しいのかというので、サンドイッチのようなものが欲しいと言う。私はこの店にそんなもの物がないことはざっと見て分かっている。どんなサンドイッチかというので、ハムサンドのようなものだと言うと頷いた。元の席に帰ってしばらくして、ハムサンドが出てきた。売り物のパンとハムで急遽作ってくれたのだ。金を払おうとするといらないという。周りの男達も、それは当然だという風に頷く。サンドイッチを食べ終わると、端の方に座っている男が呼んでいるというので、行ってみると、手を出せという。手を出すとそこにじゃらりと硬貨を入れ、ギネスでも飲んでくれという。一瞬何のことか分からないので、「なんのことか分からない?!」と言いながら、その男を見ると、かなり酔っているようなので、逆らわず、「ありがとう。金持ちになった」と貰っておいた。マフィアの親分のように、この男だけが立派な黒のジャケットを着ていて、恰幅も良く、親分振りを皆の前で見せたかったのかもしれない。サンドイッチは只だし、お金は貰うし、ありがたい日曜日だと思った。その後、客は、2人の婦人を含め20人ぐらいに膨れ上がっていた。もう一杯ギネスを注文したら、もみくちゃにされかねない。お礼に、バーテンダーと近くの客とお金を呉れた男に日本の硬貨だといって50円玉と5円玉を上げたら喜んでくれた。暖かいまなざしをうけ、何人かの人と握手をしてその店を出た。外には明るく、町には人影がまったくなかった。
町外れで、空模様から、今度は何時雨が降ってもいいように雨具を着けて歩き出した。天気は午前中と同じ気まぐれなものであったが、晴れている比率が多くなってきた。

ベリーハウニスへの道筋に鉄道が通っていて、4両連結のきれいな車両が走る。1時間に一本ぐらいなのであろうか、一度見たきりである。相変わらず風はきつい。
バリーハウニスに4時20分着。ガソリンスタンドの売店でソフトクリームを買って休息。夜の食料にコールスローと赤ワインを買ったら、6ユーロ強、親分にいただいたコインで払うと、まだ、2ユーロ以上残った。

さらにそこから2時間、疲れているので長かった。途中、小さな女の子も混じる数人の子供たちが、雨上がりの庭で、チャンバラごっこをして遊んでいたので、ハローと声をかけると、その中の年長の、10歳くらいの男の子が、「探検ですか?」とちょっと大人ぶった口調で言う。カーボーイハットを被り、オレンジ色のレインウエアの私の姿がそんなに見えるのかとおかしかった。「デリーから歩いて来て、これからコークまで歩いて行くんだよ」と言ったら、Oh my God !! とその子は叫んだ。
フレミングというB&Bに着いたのは7時だった。出発から8時間強、20キロの歩行であった。私にはこれが限度。

宿の着くと翌日の宿を奥さんに探してもらった。うまく取れて、やっと安心して、食事をした。洗濯、シャワー、就眠。
(7月12日のこと)

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