アイルランドの細道

ベリーモット

6時起床し、パッキングをする。サブザックをザックの上にしっかりと縛り付けるのだが、これには結構時間がかかる。朝食を取りながら、270度展望の眺望を楽しむ。、大きく切り込んだ入江に、遠くに両岸の岬も見えて、周りに人家が殆ど目に付かず、伸びやかな景観である。アイルランドではどこも皿は暖めて出される。ベーコンは要らないと言っておいたら、黒と薄茶色の直径6,7センチの円盤状のものが添えてあって、名前を聞くとプッディングだと言う。ソーセージの1種のようで、おいしかった。彼女はもうゴールウエーの宿のことを案じてくれるが、きっと混むのだろう。いつ着くか分からないので今の時点で手の打ちようがない。バレーモットへの近道を聞いて、紙に書いてもらい、互いに写真を取り合って、宿を出たのは9時8分だった。

国道沿いに西へ1キロ弱歩き、それから左に折れ、峠越えのシグザグと山道に入る。眼下の入り江の芦が生えた原に、もつんと泊った宿も見える。一泊しただけなのに懐かしい。国道から離れて、私が思い描いていた道はこんな道だったのだ。今日一日そんな道が楽しめる。雲が多いが青空も見え、美しい景色の中、鳥や牛の鳴き声を聞きながら歩けるのはなんと幸せなことだろう。上り坂は小一時間続き、クーラニイに10時50分に着いた。ここから左へ、左へととって南下を続ける。宿の女主人の指示は的確だった。
途中2人の男と出遭った。一人は庭仕事していた中年の男で、塀越しに道を聞いた。道は一本道とわかっているので聞く必要もないのだが、人と話したいのである。中年の男は庭から出てきて、早口で細かく教えてくれたのだが、聞き取れたのは、「まっすぐ行け」ということと「お前は侍か?」ということだけだった。もう一人の男は先程の男より年配で、私の歩くのを遠くから眺めていたらしく、向こうから近寄って来て、「アイルランドではね、歩行者は対向車線の右側を歩くんだよ」と注意してくれた。このあたりでは道幅は3,4メートルしかなく、このルールは一層大切なのだろう。良い警告を戴いた。
いくら気持ちのいい道でも3時間以上歩くとうんざりする。12時20分、路傍で、チョコバーと水の昼食。そのところから100メートルも離れていないところに国道N17が走っていた。宿の女主人の指示ではここから国道を600メートル行ったところを鋭く左折することになったが、1キロ歩いてもその箇所はなかった。ガソリン・スタンドの横のコンビニで道を聞き、ジュースとソフトクリームを買って、掌一杯の小銭を差し出したら、レジのおばさんはそれをカウンターに全部広げさせ、小さなコインから順にとって、数を減らしてくれた。店の前のベンチでソフトクリームを舐めた。

さらに進むと目的のバリーモットに通するR293の分岐に出合い、やれやれである。Baillymot 7kmの標識はまぶしい。2キロくらい田舎道を歩いたところに、Eagle Flyingという看板を掲げたところがあり、門を入ったところに車が10数台止まっていた。鷹匠の実演でも見せるのだろう。傍まで行ってみる元気もなく、大きく広がる空を見上げたが鷹らしい鳥の姿はなかった。門の前で少し休んで、再び、ザックを背負うのに苦労した。ひょいと背中にザックを持っていけないは疲れている証拠である。さらに重い足を引きずりながら歩き、4時前やっとベリーモットの町に着く。こじんまりした清潔な町で、目的のCoach House Hotelも小さいが由緒ありげで安心した。
ホテルに入って、喜ばせたのは風呂が付いていたことである。毎日シャワーの生活で、風呂のことはすっかり忘れていた。早速お湯を満たし、体を横たえると、足の方から疲れがお湯に溶け出し、節々が伸びていくのが分かる。

落ち着いてから町へ出た。町といっても100メートル四方で、丘の斜面にあるので全体が傾いている。出る前に受付の娘さんに3つの場所を尋ねた。
ATM、良いパブ、良いレストラン。レストランは、このホテルの料理が一番良いということだった。何軒もレストランのありそうな街ではなかったが・・・海外ではこれまでトラべラーズチックを愛用していて、今回はじめて、citibankのカードを持ってきたのだが、ATMは初体験である。ATMは通りに面した銀行の石の壁面にむき出しについていて、何の覆いもなく,遠くからでもお金を引き出しているのが見える。衆人環視がかえって安全と考えているのであろう。装置自体も日本とはかなり違っていたが、スムーズにお金が出てくれた。
次に入ったパブはかなり広く、立ち飲みするのなら50人は優に入れるだろう。同じカウンターには老夫婦、中年女性、若い男女と私。離れたテーブルは中年男二人。若い男女はまもなく席を立った。このパブは1820年代?からあるという。なんだかとりとめない話から、誕生日の話になり、私が7月25日だというと隣の中年女性は自分は7月23日で同じ獅子座だと言って喜んだ。この人の前にはほとんどなくなったビールのジョッキとまだ口をつけていないジョッキがあった。チェンスモーカならぬチェーンドリンカーというところか。旅行者らしい老夫婦の夫の方はすでに酔い始めていて、年の話になると「年は忘れた」と笑っていた。彼は遠慮がちに一杯奢らしてくれないかと言ったが、私はこの時点でギネスを2杯飲んでいるので、辞退して、皆と握手し、陽気な笑い声に送られて店を出た。外もまだ明るかった。
ホテルに帰ってホテル内のレストランへ行くと先ほどの受付の娘さんががウエイトレスを兼ねていた。この町で一番良いレストランはこのホテルと彼女が言ったのも分かる。広々とした部屋に、大きなテレビが映像を流していた。客は私以外に3人、黒い身なりの中年の女性が一人で食事をして、その前に並べられている料理の量に驚いた。私は、ワインの1/4瓶、スープ(アイルランドのスープは日本人の口に合い、これには必ずパンが付くのでこれだけで十分とも言える)、ロースト・ポーク(温野菜つき)を注文し、出てきたとき、その量に圧倒された。大変おいしかったが3分の1残した。計20ユーロである。安く思えるのは、おそらく為替レートのいたずらであろう。

部屋に帰ってすぐ寝たらしい。目が覚めたら1時だった。

(7月8日のこと)

次へ 目次へ