6月11日〜22日の12日間、北海道へのドライブ旅行に行ってきた。

全都道府県のマイカーでの走破が、沖縄を除いて完了したことになる。併せて、全都道府県での宿泊も、今回帰りに山形県に泊まったことにより完了した。流石に3000キロのドライブは少しこたえたが、梅雨の時期にも拘らず、道内は連日好天に恵まれ、区切りの旅行としては、良い旅ができた。

11日、敦賀発23:30の夜行のフェリーで小樽へ。小樽着は翌日の20:30。最近所要時間が短縮されたとは云え、結構長い船旅である。途中、少し波の高いところがあって、ピッチングがあったが、そうきついものではなく、船酔いもせずに小樽に到着。時間が遅いため、一般の宿はとることが出来ず、ビジネスホテルに泊まる。これから先は総て夕食つきの宿泊になっているため、自分で選べる夕食が楽しみ。近所の寿司屋で、ほっけの塩焼き、烏賊の刺身をあてに一杯飲み、寿司をつまむ。

13日は、小樽運河や鰊御殿を見た後、北一ガラスでワインクーラーを買い、愈々北海道マイカードライブに出発。北海道のメインな観光地、西はニセコから支笏洞爺・層雲峡・東の阿寒・知床などは、以前行ったことがあるため、今回は、縦のラインで宗谷岬まで行くのが目的。幌新温泉に一泊した後、朱鞠内湖(国内最低の氷点下41、2度を記録したところ)、音威子府を経てオホーツク海に面した浜頓別へ。


クッチャロ湖の日没
(画面をクリックしてください)

この辺りの風景は日本離れがしていて、ニュージーランドへ来たような感じ。クッチャロ湖の日没と、温泉が素晴らしかった(別府温泉に次ぐ泉質と現地では宣伝していた)。

15日は、目指す宗谷岬へ。岬の少し手前で霧が出て、視界が遮られて心配したが、着いた時は快晴。日本の最北端に来たのだという感慨が湧く。稚内で名物の「たこしゃぶ」を食べ、高台の公園に登る。何と対岸にサハリンの山々がくっきりと見えるではないか。感激である。ノシャップ岬を回りこむと、利尻・礼文の島々が姿を現す。利尻島は仲々の存在感がある。西海岸を暫し南下して、サロベツ原生花園へ。季節が少し早過ぎたのと、熊笹に侵食されていて期待はずれ。天塩中川で一泊。天塩と云えば、吉村昭の小説「羆嵐」の現地。明治の終わり頃、開拓農民として入植した人たちが集落ごと羆に襲われる物語で、読み出すと途中でやめられなかった思い出がある仲々迫力のある小説であった。即ち、当時このエリアは、人間の住むエリアではなく、羆の住むエリアに人間が鍬を入れたのが間違いなのだという論旨であった。道路が何回も天塩川を横切る。水量豊かな美しい川である。周囲の緑も豊かで、オーストリア ザルツブルクのザルツ・アッハを思い出した。

音威子府へ戻り、名寄を経て、旭川へ。富良野のラベンダー畑が見頃であれば寄って見ようと、TELで問い合わせたところ、まだ早く6月終りから7月上旬でないとダメとのこと。代わりに旭川で北邦野草園に立ち寄り、草花を見る。「みやまおだまき」という花が綺麗だった。一路南下して登別温泉に泊まる。疲れを癒すために足裏マッサージをして貰う。その上あんま椅子(以前から家で使っていたメーカーの最新型のもの)を衝動買いする。

17日は、噴火後の洞爺湖温泉街、いまでも噴煙をあげる有珠山麓の噴火現場を見て、噴火湾沿いに恵山へ。途中、駒ヶ岳を仰ぎながら、大沼公園の美しい風景を愛でる。恵山の東麓のトドホッケ村の温泉に泊まる。恵山は以前下北半島から見た時、夕日を浴びていたせいもあってか坊主頭の禿山に見えたが、行って見るとそうでもなかった。噴煙を上げ続ける活火山である。

翌日、函館に出て、朝市に寄りフェリー乗り場へ。北海道の旅を終え東北・北陸であと4泊して、22日に帰神。

音威子府から北の過疎の風景が、ことの他印象に残る旅であった。北海道内1400キロ、本州1600キロ 合計3000キロのドライブであったが、こゝで、北海道でのドライブについて、記しておきたい。

北海道は大変自動車事故の多いところだと聞いている。さもありなん。道路は殆んど真っ直ぐで、交通量も少ない。制限時速は50キロなのだが、10キロオーバーの60キロで走っていたのでは、甚だ物足りない。後続車が来れば、どんどん追い抜かれる。馬鹿らしくなってついスピードを上げる。70キロ〜75キロ、この辺までは良いかという気になる。それでも、まだ追い越される。私は、概ねその辺で自重したが、人並みに走るとすれば、80キロ〜90キロである。それでは、一つ間違えれば大事故につながる危険性は極めて大きい。

北へ行く高速道路は、現在は旭川の少し北まで通じているが、更に北へ延伸中だという。しかし、現地の人は、一般道でこれだけ走れるのだから、高速道路は殆んど利用しないのだという。この辺にも国費の無駄使いが如実に表れている。

しかし、今回の北海道ドライブで、どんな走行をすれば燃費が良くなるかを期せずして実験できたように思う。私の車は、「三菱ギャラン GDI 2000 CC」。ハイオクガソリンで走っている。今まで本州では、高速道路主体に90キロ〜105キロ位で走っても、せいぜいリッター辺り13キロ台だったのだが、今回は、15,4キロまで伸びた。時速70キロ程度で安定走行するのが、燃費上は一番良いらしいことが判った。   (  2001・7・6)

                写真はすべて著者撮影

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                                  稚内公園よりサハリンを望む