フォンベイユの丘の風車小屋を後に、人一人いない、花の咲き乱れる山道を下っていく。降り注ぐ初夏の日差しに、爽やかなそよ風が吹いて、この世の楽園のようであった。

 家のある所に出ると、おじいさんが一人いて、こちらも気分がよいものだから、ボンジュールと挨拶した。そのおじいさんと塀沿いに一緒に歩いて行く形になって進むと、入り口があり、中に入って見て行けという身振りをする。入ると、鉄の門を後ろ手に ガチャンと閉めてしまったので、一瞬ぎくりとしたが、その庭の見事なこと、思わず驚嘆の声を上げてしまった。千坪近く有りそうなその庭は、背丈より少し低い生け垣で三つの区画に仕切られていて、蔦の巻いた石造り二階建ての母屋の前から、見事な花壇、果樹園、菜園となっており、私を果樹園の方へ導く。この間、その人は言葉を発しない。

 果樹園といっても果樹が等間隔にかつ、背丈ほどに揃えられて、植えられ、それ自身見事な庭である。その中から、熟した桃を採って、食べてみろと呉れ、自分も食べる。うまい。さらに十個程手に持たせてくれるのだが、こぼれそう。リックにビニール袋が有るのを思い出して、取り出すと、さらに樹からもいだり、熟して落ちたのを拾ったりして、持たせてくれる。私といえばただ感激するばかりで、ワンダフル、ナイスとか連発。(こんな時フランス語でボン…なんとか言うのかしらと思いながら) 結局、この人と言葉で話したのは、(爺)東京から来たのか?(私)東京から来た。(爺)この樹は日本の樹である。(私)日本では梨と言う。(これも他の樹と同じ背丈に切り揃えられていて、ピンポン球程の実をたくさん付けていた。)(爺)私はプロフェッサーである。ということぐらいで、英語を話さないプロフェッサーもちょっと妙だなと思いはしたものの、後は、メルシー・ボクーを繰り返し、お邪魔することした。

 神様が私にプロバンスの美しい庭を見せてやろうと仕掛けたものかもしれないが、狐につままれたような感じで、ずっしりと重い袋を提げて、バス停に向かった。

 この桃は日本の桃の半分くらいの大きさで、皮のまま食べる。ヨーロッパのどこでも見かけるものだが、おじいさんが呉れた桃は甘く、その日と、次の日と二日食べて、食べきれなかった。

これは遊山27に発表したものに
写真をつけてもの。



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 プロバンスの庭

宮垣 余間