鈴木真理のロンドン通信
No.90  


                   
                                Wimbledon TV放映の意外な真実
 
今年のWimbledonは28年ぶりの日本人チャンピオン誕生とあって、日本でも話題になったのではないでしょうか。
 
 このトーナメントは2週間に渡って開催されます。その最初の週、日本にいる息子に電話をしてWimbledon のTV放映を見ているかと尋ねますと、意外な答えが返ってきました。「日本人が活躍するから、その試合ばかり放送して、見たいと思っている外国の選手が見れないんだよ。」
 
この話を友人たちにすると、アメリカ生活の長い友人は「そうよ。アメリカではアメリカ人の試合ばっかり放送するわ。」ドイツ人の友人は、「ドイツでもドイツ人の試合しか放送しないから、対戦相手にならない限りティム・ヘンマン(英国ナンバー・ワンの選手)の試合なんて見られないのよ。」と教えてくれました。
 
公式プログラムの情報によると、Wimbledon の試合の模様は159ヶ国に中継され、世界中で18億人が見ているとされています。しかしこの国際的なトーナメントも、それぞれの国にあっては、自国選手を応援する非常に国内的なTV番組になっているようです。
 
そんな目でBBC(英国放送協会)のWimbledon放送を見ていますと、その傾向がよく分かります。特に一日の総集編となるTODAY AT WIMBLEDONという番組では、初日から毎日のように「ヘンマンは優勝できるか」が話題になっていました。さて英国期待のヘンマン、今年は準々決勝でフランス人選手グロージャンと対戦しました。この試合に際しBBCでは、ヘンマンを応援する短いビデオ映像を放映しました。「ウイリアム・シェイクスピア作 ヘンリー5世 第3幕 第1場」がそのタイトルです。
 
「ヘンリー5世」は、イングランド王ヘンリーがフランス王位を主張してフランスに侵攻、アジンコート(Agincourt)の戦いで圧倒的優位を誇る仏軍を撃破する物語です。第3幕 第1場は、国王ヘンリーが、出陣に当たってイングランド軍を鼓舞する有名な演説の場面です。「平時には穏やかで謙虚な諸君も、この大事に当たっては、獲物に向かう虎や猟犬のように闘争本能をむきだしにし、血をたぎらせ、勇猛に相手に向かっていこう」というのがその内容です。
 
ビデオ映像では、Wimbledonで働くグランド整備係、名物のストロベリークリーム売りのお姉さんなどが次々に登場して、この有名なスピーチを一節ずつ朗読し、最後に過去のウインブルドン優勝者であるジョン・マッケンローがCry ‘God for Henman, England, and the fifth Semi-final!’と締めくくっていました。
(シェイクスピアの原作はCry ‘God for Harry, England, and Saint George!’となっています)
 
敵はフランス人、アジンコートとテニスコート、ヘンマンとヘンリー、5世と5回目の準決勝進出、などを巧みに掛けた応援メッセージになっているわけですが、ヘンマンは非常に真面目で物静かなタイプの選手で、killer instinct(相手をやつける本能)がないと言われているだけに、この内容は皆の切実な思いを見事に代弁しているといえます。
 
しかし英国中の期待もむなしく、ヘンマンの5回目の準決勝進出はなりませんでした。そしてこの試合を境に、英国内でのWimbledon放送の視聴率は急低下。最終日は男子シングルス決勝をBBC1で放送したものの、それ以降のプログラムはBBCの第2放送にまわされてしまいました。友人の1人は当日外出する用があったので、あとで見るのを楽しみにビデオをセットしておいたのですが、男子決勝のあとは「ガーデニングの楽しみ」というプログラムが映っていたそうです。
 
28年ぶりの日本人チャンピオンは、男子決勝のあとにセンターコートで行われた女子ダブルス決勝で誕生しました。皆さんはTV放映をご覧になりましたか。私はこの歴史的イベントの感動をセンターコートで味わいたいと思い、有名なWimbledonのqueue(行列)に並んで入場することができました。国際的な舞台での日本人選手の活躍は、本当に嬉しいものです。
 
03・7・16