鈴木真理のロンドン通信



  No.88           妻たち」が主役のシェイクスピア版ホームドラマ 
 
ROYAL SHAKESPEARE COMPANYがロンドンで上演しているThe Merry Wives of Windsorを見に行きました。 題名からもわかるように、この作品の主役は「妻たち」。王様も貴族も亡霊も登場しません。これは近代初期の市民生活に舞台を設定した唯一のシェイクスピア作品といわれており、ウィンザーに住む2つの家族を中心に話が展開していきます。
 
題名になっているMerryは、今ではMerry Christmas !という使われ方が一番多く、「愉快な、陽気な」という意味ですが、シェイクスピア時代にはもう少しその意味に幅があったようです。「機知に富む、快活、勇気のある」という意味も併せ持っていました。The Merry Wives of Windsorは、日本語訳では『ウィンザ−の陽気な女房たち』として知られていますが、私としては『(ミドルクラスの住宅地)ウィンザーの聡明な妻たち』と訳した方がぴったりする気がします。
 
さて、この妻たちが守る家庭に波風をたてようと登場するのがフォルスタッフ。彼は「ヘンリー4世」二部作にも登場する、大酒のみで、好色で、おおぼら吹き。すでにミドルエイジを過ぎ、お腹もせり出してきているのに、自分には魅力があるとうぬぼれている大男ですが、それでも憎めないところのある面白いキャラクターです。この彼が、人妻二人に同じ文面のラブレターを出します。彼女たちと懇意になって、お金を引き出そうという魂胆です。ところが、この二人が大の仲良しだったことから、フォルスタッフの計略はすぐに見抜かれてしまいます。
 
二人はフォルスタッフを懲らしめるため、一計を案じます。気のある振りを見せ、彼をその気にさせておいて、彼女たちの策略に引きずり込むのです。夫たちも巻き込んだこのドタバタがメインストーリーですが、それだけではなく、現代にも通じる家族問題も盛り込まれているところに、シェイクスピアの奥深さを感じます。
 
この2家族は、子どもたちが結婚適齢期にさしかかっている中年夫婦。ミッドライフ・クライシスがしのびよっています。その証拠に、「フォルスタッフがあなたの奥さんに言い寄っている」と聞かされた夫は「うちのやつ?もう若くないのにそんなばかなことはないよ。」という対応。奥さまの魅力を全く評価していません。そのうえ夫の1人は妻の不倫を疑い、証拠探しに躍起になる始末。
 
これに対して妻たちの対応は実に聡明です。妻の立場はしっかり守り、フォルスタッフを3度も痛い目に遭わせ、夫の危機感を煽って妻の大切さを認識させ、疑い深い夫からは「自分が悪かった」という謝罪の言葉をひきだします。こうして最後には、どちらの家族も夫婦の絆を確かめ合い、深めることになります。
 
これにもうひとつサブプロット(わき筋)が加わり、それぞれの思惑が交錯して、ますます話は面白くなります。一方の家族は不倫疑惑を抱えるのですが、もう一方の家族も、娘の結婚という重要問題を抱えています。面白いのは家族それぞれに理想のお婿さんが違うところです。夫の選んだのは立派な家柄の男。おっとりしたお坊ちゃんタイプで、愛を語るにはほど遠いタイプです。妻のご推薦は「何が何でもお医者様」ですが、この男性、頭はよいけれど興奮しやすく、非常に神経質。そして肝心の娘は、危険な香りのするプレイ・ボーイタイプの男性にひかれています。
 
シェイクスピアに現代のトレンディーなテレビドラマを書かせても、きっと超人気の売れっ子作家となったであろうと感心しながら、大いに笑い、楽しんだ公演でした。
 
お知らせ
ROYAL SHAKESPEARE COMPANY公式サイトではArchiveが充実し、過去の上演作品の写真などを気軽に見られるようになりました。ぜひご利用ください。       

03・6・21